医療・看護事故の再発防止のための緊急提言

 日本医療労働組合連合会
                           1999年3月24日


1.最近、横浜市立大学附属病院での手術患者取り違え事故、都立広尾病院での薬物取り違え注射事故、市立泉佐野病院での点滴取り違え事故と、連続して医療事故が発生するという深刻な事態が生じています。
医療の現場では、事故には至らなかったものの、一歩間違えば事故の可能性が大きい「ニアミス」が現実には数多くあり、個人の胸中に収めていたり、確実な事故防止対策につながっていない状況もみられます。
「医療労働者の生活と労働条件を守り、患者・国民の命と国民医療を守る」運動に取り組んできた医療労働組合として、国民の生命を預かり健康を増進する使命を持った医療機関において、結果として、重大な医療事故が発生する事態に至ったことを真摯に受け止めるとともに、患者の命と向かい合う医療現場の責任の重さを自覚して、再びこのような事故を発生させないための改善策を緊急に講じることが、国民への責務として重要と考えます。
 今こそ「患者の安全」を最優先課題にして、国民が安心して医療を受けられる医療システムにむけた根本的な改善をはかることが、緊急に求められています。
現在、事故発生の当該医療機関はもとより、全国の医療機関と医療関係者によって事故再発防止のための対策がとられ、厚生省においても、「患者誤認事故予防のための院内管理体制の確立方策に関する検討会」を設置し、類似事故の再発防止に向けた指針作りがすすめられています。   
 多くの医療関係者や有識者が、「経済効率優先の医療のあり方が問題」「病院における人手不足が、医療事故の陰に潜んでいる」などと指摘しているように、医療事故防止のための対策やマニュアルだけでなく、それが確実に実行されるための、医師・看護婦など全ての医療従事者の体制の確立や、医療制度や医療・看護システムの改善が求められています。

2.日本医労連の「医療労働者の労働・健康実態調査」によれば、看護婦の実態は、「慢性疲労状態(74.8%)」「休養の時間が不足(82%)」、さらに「2人に1人が強度のストレス」を訴え、その原因に「時間にせかされて(42.3%)」「人手が足りなくて(34.9%)」を挙げ、「仕事に責任がもてないと思うことが多い(42.7%)」など、深刻な人手不足の実態が明らかになっています。
 また、看護婦の夜勤については、「看護婦確保法・基本指針」で定めた「複数・月8日以内の夜勤」はまだ実現していません。「夜勤は月の3分の1」とした1965年の人事院判定からすでに34年が経過しています。いまだに「1人夜勤」や、16時間から17時間も拘束される過酷な長時間夜勤の「2交替制」があり、「3人以上の夜勤体制」は半数にもなりません。「看護業務実態調査」では、看護婦資格をもたない補助者が、本来看護業務とされている「喀痰吸引・経管栄養・坐薬挿入・軟膏塗布・注射薬準備・検温・血圧測定」等に従事している実態も明らかになっています。
 看護婦の電話相談「看護110番」には、「夜勤は朝9時終了だが、実際には昼まで働いている。毎日残業で自分の健康と医療ミスが起きないかと心配でたまらない」「みんな疲れている。休みの日には出かける気もしないし、夜も眠れない」など、悲痛な声が寄せられています。
厚生省は、「看護婦需給計画が順調に推移している」と評価していますが、医療従事者の国際比較をみると、100床あたりの医師数は、アメリカ63.9人、ドイツ35.6人、フランス33.8人、イギリス32.2人に対し日本は12.0人であり、100床当りの看護職員数は、アメリカ197人、ドイツ92.9人、フランス66.3人、イギリス65.4人に対し、日本は41.8人と非常に少なく、この脆弱な日本の医療・看護体制が、事故を発生させる大きな要因の一つともなっています。

3.厚生省がすすめている医療政策は、医療経営者を入院日数の短縮・ベッドの稼働率アップや人件費抑制など、医療機関を経済効率最優先の姿勢に誘導し、医療現場の業務の繁雑化・過密化を余儀なくさせ、患者と医療従事者の安全性を軽視する事態をもたらしています。一連の医療事故は、「患者の顔が見える医療・看護」が、医療現場から奪われてきた結果でもあります。
1997年の医療保険制度の改定によって、患者はこれまでの3〜5倍もの経済的負担を強いられ、治療を必要とする患者が治療を中断せざるを得ないという事態をうみ、国民は憲法第25条で保障されている「医療を受ける権利」「健康に生きる権利」を奪われていると言わざるを得ません。また、今、厚生省が打ち出している将来の医療提供体制構想は、病棟や病床を急性期と慢性期に分離し、慢性期は人員配置基準を低く抑える一方、看護職場に無資格の補助者を拡大するというもので、現在の貧困な医療体制に、さらに拍車をかける内容となっています。
 日本医労連は、厚生省のすすめる医療・社会保障改悪に反対するとともに、国民が求める「良い医療・看護」を実現するために、医療保険制度や医療提供体制の改善・整備、診療報酬の抜本改善を求めます。
 ふたたび不幸な事故を発生させないため、そして「国民の命と人権」を守る医療を実現するために、全力をあげる決意を表明し、ここに「医療・看護事故の再発防止のための緊急提言」を行うものです。

医療・看護事故の再発防止のための緊急提言

1.医師や医療従事者が安全を確保しながら業務が遂行できる適切な人員配置を、医療法や診療報酬制度で保障すること。外来・手術室の看護業務を診療報酬上評価すること。

2.看護職員の人員配置基準を是正し、患者対看護職員の配置「1.5対1」「1対1」を新設し、看護職員の大幅増員と夜勤改善(3人以上・月6日以内の実現)を行うこと。

3. 国・自治体と医療関係者が協力して、医療事故の事例を集積・分析し、今後の事故防止の対策を確立し、必要な情報を国民に公開すること。

4. 国・自治体は、医療事故防止のためのチェック機関を整備し、事故防止のマニュアルの作成、それが有効に実施されうる条件整備、教育の充実など施策を強化すること。

5.医療機関に、「医療事故防止委員会」(仮称)の設置と担当者の配置を義務付け、日常的なチェックや定期的な研修を行うこと。

6.「看護婦確保法」・基本指針を実効性のあるものに改正すること。事故防止対策を盛り込んだ「新看護婦需給計画」を策定し、200万人以上の看護体制を実現すること。

7.医療保険制度や医療提供体制改革の検討にあたっては、「患者の安全と人権」を最優先することを基本姿勢にして進めること。

以  上