需給検討会で決定された基本的考え方について
- 今後の需給見通し策定作業の中で問われるもの -

2000(平成12)年7月5日
                       日本医労連看護婦闘争委員会事務局

需給見通し策定の基本的考え方が決定された

 厚生省の「看護職員の需給に関する検討会」は6月20日、第3回検討会を開催し、「新たな看護職員需給見通しの策定に向けて」を決定しました。これに基づき、厚生省は各都道府県に対して6月28日、健政発第781号「看護職員需給見通しについて」を発出し、9月末を提出期限として、需給見通しの策定を指示しました。したがって、この「策定に向けて」が、策定作業の基本的な基準となるものです。
 「策定に向けて」はまず、「基本的な考え方」として、「急速な少子高齢社会の進行、高度医療の進展、新たな社会保障制度である介護保険制度の実施、安心信頼できる医療への強い国民のニーズなど」の「状況変化にも十分留意して、質の高い看護への国民の期待に応えていく必要がある」としています。検討会では、多くの委員から「医療の高度化や在院日数の短縮で職場は大変になっている」「医療事故の背景にも人手不足があるのではないか」などの指摘がなされました。そうした議論を受けて、新たな需給見通し策定の基本的理念として明らかにされたものと見ることができます。
 その上で、「策定に向けて」は、需給計画策定の具体的基準を次のようにしています。
1) 見通しの期間は、5年とする
2) 各都道府県毎の積み上げを基に、全国の需給見通しを推計する
3) 需要についての考え方
(1)週40時間制を基本とする (データ編に完全週休2日制を明記)
(2)年次有給休暇その他の休暇は、容易に取得できるよう考慮する (データ編に年次有給休暇20日を明記)
(3)産前・産後休業および育児休業については、妊娠・出産した者全員の取得を基本とし、介護休業についても今後の進展を考慮する
(4)複数夜勤を基本とする  (1人夜勤を見込まず)
(5)夜勤回数は1人月8回以内を基本とする(3交替制。2交替は就労時間により考慮)
(6)医療の高度化、在院日数の短縮及び患者の状態等を踏まえて、より手厚い看護体制を組めるよう考慮する  (3人以上夜勤体制を伸ばしていくという意図)
 4)供給についての考え方
(1)就労環境の改善等による離職防止効果について考慮する

医療の高度化とその下での労働条件改善が問われた検討会

 この検討会にのぞむにあたって、厚生省の基本姿勢は、需給は「見通しに沿って順調に推移しており、平成12年末には115万9千人で均衡するものと見込まれる」というものでした。そして、第1回検討会に出された資料4「18歳女子の進学に関する意識の急激な変化と看護・介護職員の安定的な確保に関する研究報告書(抜粋)」(平成10年度厚生省政策科学推進研究事業)では、病床総数が減少しているので、「需要面の見通しは、特に病床数の過大見積りのために、過大推計となっている可能性がある」(つまり、必要数以上に供給があり、看護婦は余っているという意味)とまで指摘していました。
 この点について、日本医労連は、論考「看護婦不足は依然として深刻な状況にある」(大村副委員長、「看護職員の需給計画関係資料T(2000年6月2日発行)」に所収)において、看護婦配置基準が2対1を上限に据え置かれ続けてきた一方で、医療の進歩や在院日数の短縮などがすすみ、看護婦の仕事量の増大に増員が追いついていないため、看護婦不足は依然として深刻であると論じたところです。
 検討会に出された資料でも、病床総数は減っているものの、1日平均在院患者数はこの10年、約140万人で変化ないことが示されていますが、これはベッド稼働率が上がっているということであり、病棟単位では忙しさが増しているということを意味しています。さらに、医療の高度化と在院日数の短縮が進行しており、看護婦の労働強化にいっそう拍車がかかっているのが実態です。だからこそ、検討会の中でも、多くの委員から、「医療内容の高度化で、職場は忙しくなっている」「在院日数の短縮で患者の重症化がすすんでおり、大変になっているはずだ」などの意見が出されたのです。
 また、検討会に出された資料では、新卒就業者数はこの間、6万人程度で推移し頭打ちとなっていますが、退職者数が平成8(1996)年の35,257人から、平成9年52,193人、平成10年56,601人と、かなり増えていることも明らかになりました。検討会委員の中からも、「少子社会の中で、養成数をどんどん伸ばすことは望めない以上、労働条件の改善によって勤続年数を伸ばし、看護職員確保をはかることが大切」などの意見が出ました。
 医療の高度化や在院日数の短縮によって職場が大変になっている問題を、労働条件改善によって打開し、働きつづけられる職場にしていくことが、検討会の場でも主要なテーマに浮上していったのです。

運動で一定の労働条件改善項目を盛り込ませた

 日本医労連はこの間、200万人以上看護体制の実現を求めて運動してきました。新たな需給見通し策定に対しては、看護婦1人月8日以内夜勤の完全実現を前提に、(1)1病棟規模を40床以内とすること、(2)夜勤体制は平均3人夜勤を実現すること、(3)外来は看護婦1人が1日に対応する患者数を20人(診療所は30人)とすること、(4)完全週休2日制と諸休暇(年間休日数158日)が完全に取得できる人員配置とすること、などを掲げて、厚生省交渉をはじめ運動をすすめてきたところです。
 第1回検討会では、6月20日の第2回検討会に「基本的考え方の事務局案提示」、6月20日の第3回検討会に「基本的考え方の決定」という超スピード日程が明らかになりました。日本医労連は、「考え方」の中に労働条件改善の具体的な内容を書き込ませていくため、「新需給見通し策定にあたって考慮すべき点(メモ)」(別紙T)を確認し、厚生省や検討会委員への働きかけをおこないました。今までにないことですが、ほとんどの委員とコンタクトを取ることができただけでなく、「職場の労働条件は厳しくなっており、労働条件改善によって離職防止・再就業促進をすすめ、看護婦確保を図るべき」という日本医労連の主張に多くの賛同を得ることができました。
 そうした中で決定された考え方=「策定に向けて」は、異例の短期審理で、日本医労連が要求したヒヤリング等の実施によって職場実態をよくつかむことをおこなわなかった点ではなはだ遺憾ではありますが、私たちの要求も一定反映し、いくつかの重要な労働条件改善の項目が盛り込まれることになったと言うことができます。
 それを導きえたのは、何より200万人以上看護体制求める運動をこの2年、全国で積み上げてきたからであり、特に昨年の秋から各県が需給計画への要求を確立し、繰り返し交渉をすすめてきたからです。

「策定に向けて」に対する評価について

 この「策定に向けて」については、以下のように評価することができます。
 第1に、高度医療の進展や介護保険制度の実施、安心信頼できる医療への強い国民のニーズなどの状況変化を指摘し、「質の高い看護への国民の期待に応えていく必要」性を、需給見通し策定の前提となる基本的考え方に据えたことです。「安心信頼できる医療への強い国民のニーズ」とは、検討会委員からも指摘が出ましたが、最近の相次ぐ医療・看護事故を意識してのものだと捉えることができます。
 第2に、「就労環境の改善等による離職防止効果について考慮する」という趣旨が書き込まれ、いくつかの重要な労働条件改善の項目が盛り込まれたことです。その内容は、
(1) 1人月8回以内夜勤が明確にされたこと(現行需給見通しは平均8回でしたが、その後の看護婦確保法・基本指針を受け、当然ではありますが、重要な成果です)。
(2) 1人夜勤を見込まず、複数夜勤を基本に、医療の高度化等を踏まえてより手厚い看護体制(3人以上夜勤)を組めるよう考慮したこと(現行見通しは、業務量の少ない職場は1人夜勤を認めて、「複数を主として」となっています。この「より手厚い看護体制」を現場実態から最大限見込ませていくことが大切です)。
(3) 本文中には明記されなかったものの、本文に付随するデータ編で、完全週休2日制と年休20日の取得を書き込み、実質的には基準としたこと(この結果、年間休日数は142日となります。なお、現行見通しで完全週休2日制の普及率は4割程度とされていました)。
(4) 産前・産後休業と育児休業については、妊娠・出産した者全員の取得を基本とし、介護休業についても今後の進展を考慮するとしたこと(「全員の取得」を保障するという考え方を打ち出したのは、他にも例をみないことであり貴重な成果です)。
 第3に、上記のような重要な労働条件改善の項目を取り入れたにも関わらず、具体的な必要人員の算出については、厚生省の中に依然として旧来の低い基準を踏襲する考え方が残っているということです。「策定に向けて」の本文に付随するデータ編で、1病棟当たり看護職員必要数は、「必要な最小限の数」とはされていますが、2人夜勤の場合17人、3人夜勤24人、4人夜勤32人(いずれも婦長が夜勤をおこなわない場合)などと、非常に低い人員にされています。その理由は下記の計算式によったためです。
   厚生省計算式 〔1日当たり夜勤人数〕×365日÷12月÷8回(端数切り上げ)
 この問題点としては、次の諸点が指摘できます。
(1) 平均で夜勤月8回をクリアすることだけが考慮された計算式であり、「1人月8回以内」とした今回の基本的考え方に背くものであるということです。しかも、年間平均となっているため、31日間ある月については、3人夜勤などの場合に間違いなく9回以上の夜勤者が出るという重大な誤りまで犯しています。日本医労連の99年夜勤実態調査(6月実績)では、平均夜勤回数は7.63回でしたが、月9日以上の夜勤従事者が21.5%もいた(別紙U)ことからも、月8回以内夜勤の達成のためには、一定の人的余裕が必要です。
(2) この人員数は、従来から最低必要数として言われていた数であり、今回の「策定に向けて」が「就労環境の改善」を唱えている趣旨にも明確に反しています。いくら夜勤回数を軽減し、休暇数を増やしても、絶対的な人手を増やさなければ、就労環境の改善などできないことを厳しく指摘せざるをえません。
(3) 一定の休日増が示された中で、病棟毎の人員が増えないということは、日勤人数が減るということも意味しており、これは日勤帯の看護の低下につながるという重大な問題もはらんでいます。「策定に向けて」に明記された「医療の高度化、在院日数の短縮及び患者の状態等を踏まえて、より手厚い看護体制を組めるよう考慮する」ということは、夜勤だけでなく、日勤でも絶対必要なことです。
 ただし、この数値は前出のように「必要な最低限の数」となっており、県段階で具体的な需給計画をつくる段階で、現場実態を反映させながら、必要な上積みを実現することは可能ですし、どうしても実現させねばなりません。「夜勤実態調査結果」によれば、現実の各病棟の配置人数は、2人夜勤で18.6人、3人夜勤で29.4人(いずれも地場組合の平均、(別紙U))という実態であり、そうした現場状況を反映させていく必要があります。
 第4に、具体的な見通しの策定は、「各都道府県毎の積み上げを基に……全国の需給見通しを推計する」となっており、需給見通しを本当にいいものにできるかどうかは、これから各県での運動を如何に強化し、具体的な数字としてどこまで積み上げていけるかにかかっているということです。

これからが需給見通し策定作業の本番

 検討会でも、委員の中から「もっと基準を明確にしないと、都道府県が見通しをつくりづらい」などの指摘がされましたが、厚生省は「県毎の実状に応じて建ててもらった方が、実態を反映できる計画になる」と答弁しています。一定の基準となる考え方が決まったとはいうものの、まさにこれからが需給見通し策定の本番なのであり、各県でおこなわれる見通し策定作業の中に、職場実態を反映させ、実際の労働条件改善につながる需給見通しにしていくことが求められています。
 その際に大切な観点は、(1)200万人以上看護体制に対応する各県要求に基づき、職場実態を示してその改善を厳しくせまるとともに、(2)「策定に向けて」に明記された労働条件改善部分を確実に需給見通しの基礎に据えさせ、(3)3人以上夜勤体制の進捗や病棟毎の配置人員など、明確な基準数値が示されていない部分については、職場実態を反映させながら、最大限の人員増につなげていくということです。厚生省が基本的考え方を示した段階での限界も考慮しながら、その有利な点を最大限生かして具体的な成果につなげ、今後の運動の足ががりにしていくことが必要です。
 そのため、日本医労連としては、各県交渉の中で最低限抑えるべき、具体的な項目として、次の諸点を確認しているところです。

 各県需給見通し策定に当たって重視すべき具体的なポイント
(1) 1人月8回以内夜勤を必ず基礎に置くこと
(2) 医療内容の高度化や劣悪な労働条件を考慮し、3人以上の夜勤体制の進捗を見込んで、平均3人まで夜勤体制を引き上げること
(3) 完全週休2日制と年休20日の取得を保障すること
(4) 産前・産後休業と育児休業の妊娠・出産者全員の取得と介護休業の今後の進展を保障する人員配置とすること
(5) 病棟毎の最低必要人員については、月8日以内夜勤の実現とともに、医療の高度化に対応する日勤人員必要数を明確にし、盛り込まれた諸休暇が完全消化できる人員配置とすること(病棟毎の必要数を、2人夜勤17人、3人夜勤24人……から引き上げること)

21世紀の明るい看護の未来のために

 今回策定される需給見通しは、2001年からの5年計画であり、まさに21世紀初頭の看護職員の必要数と労働条件の基本を決定する重要なものです。同時に、高齢社会が叫ばれ、医療事故への国民的不安が言われる中で、看護の有り様を大きく左右するものでもあります。21世紀に国民が期待し求めているよりよい看護を実現していくためにも、実のある需給見通しとしていくことが必要です。梅雨明けも近づき、いよいよ夏本番ですが、看護婦が熱くたたかうことが今求められています。
 厚生省検討会は、9月末までとなっている各県需給見通しの策定を受けて、11月ぐらいに再開され、12月には全国の需給見通しを決定する運びとなります。最終的な検討会報告書では、需給の数だけではなく、それを実現していくために今後必要な対策、厚生省に求められる施策なども盛り込ませていくことが必要となります。
 また、「200万人以上看護体制」求める運動の要求(別紙V)も需給見通しに限ったものではありません。12月まで最大限需給見通しの上積みを迫っていくとともに、それを足がかりとして当面、診療報酬で1.5対1、1対1の看護婦配置を認めさせていくことなど、看護婦配置基準の改善を大きくすすめていくことが必要です。
 1989年に開始された看護婦闘争は、看護婦確保法・基本指針の制定をはじめとして、私たちの運動の一つの大きな高揚を築き上げました。そうした運動の高揚を再度築き、具体的な成果、職場改善を今手にできるかどうかが問われています。共に手を携えたたかい、21世紀の看護の明るい扉を切り開いていくことを最後に呼びかけるものです。

以     上