看護婦の賠償責任保険について
使用者責任での対応と再発防止策の強化を求める

2000年11月15日
                             日本医療労働組合連合会

 医療事故が続発する中、看護婦本人にかわって賠償金などを支払う「賠償責任保険」が相次いで創設されています。11月3日付の「朝日新聞」には、「賠償保険に看護婦殺到」という記事が掲載され、「忙しい病棟にいて、事故と隣り合わせだから、怖くて飛びついた」という声が紹介されました。

 日本医労連が11月1〜2日に実施した「看護婦110番」でも、「(日勤・深夜勤務の時は)20時前後、遅い時は22時ごろ帰宅し、家で1〜2時間就寝するだけで、再び24時から出勤する。仮眠はほとんど取れない。そのような状況の中で翌日の12時ごろまで勤務することが多い。寝不足による医療ミスを起こさないことが不思議なほどで、いつも心配している」「大変忙しくて半泣き状態で仕事。命には関わらないがミスも起きている」など、絶対的な人手不足の中で、医療事故の危険と隣り合わせに置かれている看護婦の多忙な職場実態が生々しく報告されました。
 同時に、「個人責任にされるのではと思い、保険の詳しい内容が知りたい」「職場で話題になっているが入った方がいいのか。最近の医療事故の報道で不安に思いながら働いている」など、不安感から、「損害賠償保険」の内容と加入の必要性を問い合わせる相談も寄せられました。

 看護婦の「賠償責任保険」は、保険会社から団体保険として発売されており、個人がストレートに加入できる形式ではありません。実際には、医療機関・経営者が加入を決め、婦長や事務長などを通して加入が勧奨されています。「インシデントレポートを何度も書き直しさせられ、責任追及される」「事故報告書が個人評価や能力査定に使われている」などの現場状況も考えると、「賠償責任保険」は、医療事故の責任を個々の看護婦に押しつけ、医療機関の責任を曖昧にするものと言わざるをえません。

 医療事故の再発防止のためには、看護婦など医療従事者個々の努力は当然ですが、医療機関や関係団体が組織をあげて事故やニヤミスの事例を集積し、再発防止のシステムをつくりあげることが不可欠です。個人責任化の徹底は、事故隠しなどの危険性をはらむものですし、「個人のミス」で片づけていては、医療事故はなくなりません。その点からも、問題となっている「賠償責任保険」には、疑問を持たざるをえません。

 実際、これまでの医療事故では、被害者への補償は医療機関がおこなっており、看護婦個人が賠償した例はほとんどありません。法律上も、医療機関・経営者は使用者として賠償責任を負って(民法第715条)おり、患者に対する治療契約から言っても、医療機関には契約責任があります。

 「賠償責任保険」は、被害者に対する民事上の負担(賠償金や民事裁判費用等)に対処するためのもので、最近増えつつある刑事上の裁判費用や罰金等は対象外です。民事上の賠償は医療機関がおこなってきたわけですから、看護婦個人が加入しても給付を受ける事例が実際にどれだけあるのか、その有効性に対しても、大きな疑問が持たれています。看護婦の不安感に付けこんで、保険会社が巨額の利益をあげるだけの結果になりはしないでしょうか。

 もちろん、不幸にして起きた医療事故の被害者や家族に対して、医療機関や関係者が速やかに事実を公表し、誠実な謝罪と必要な補償をすべきことは言うまでもありません。しかし、現場で懸命にがんばっている看護婦の不安感をあおり、負担を押しつけることは適切ではありません。医療機関・経営者の責任が明確にされてこそ、医療事故防止のための組織的な対応と対策、システムづくりもすすみます。
 日本医労連は、医療機関・使用者責任による賠償制度をいっそう充実させて対応することが必要だと考えます。無過失の事故に対する補償制度の創設も含めて、国の対策強化が求められています。日本医労連はそのために運動を強化していくものです。

 医療事故への不安感から、「賠償責任保険」に看護婦が殺到しているという現実は、それだけ医療事故の危険が現場にあることを示しています。日本医労連は、患者のいのちと人権を最優先にして、安全、良質の医療・看護をつくっていくという立場から、医療事故防止策の確立を求める運動をいっそう強化していくものです。
 事故が起きないシステムの確立、機器開発とともに、長時間・過密労働や諸外国と比べても極端に少ない看護婦配置、夜勤体制が医療事故の背景として指摘される下で、増員によってゆとりを持った人員体制を確立していくことが緊急課題となっています。
以     上