賃金体系の変更、退職金の
見直し等への対応について
2001年3月5日
 日本医療労働組合連合会
                          賃金専門委員会事務局
1.はじめに

@ ここ数年間、医療職場における賃金体系や退職金の見直しなどが相次いでいます。日本医労連は、「発第61号」で今春闘での取り組みの強化を呼びかけています。
2000年人事院勧告は、「能力・実績主義」賃金・人事管理強化にむけて、俸給体系の「見直し」を打ち出しました。日本赤十字社は、1995年に「赤十字病院の運営に関する戦略」を発表し、政府・厚生労働省(旧厚生省)の医療供給体制の再編成に基づいた「生き残り」をはかることを各病院に求めるとともに、人件費削減・「合理化」での本社の不当な統制・介入を強めています。全社連は、「社会保険病院経営改善の基本方針」を発表し「退職手当支給割合の見直し、55歳昇給停止の導入、事業業績応じた賞与の支給割合の増減」など労働者犠牲の方向を進めようとしています。全日本民医連は、全国法人専務会議で「現在民医連で主流を占めている年功賃金体系、とりわけ直線的右肩上がりの年齢賃金体系は今後も継続できるのでしょうか。……営利資本と太刀打ちできる非営利・協同組織の賃金体系はどうあるべきか」と民医連職場での賃金体系の見直しを打ち出しています。また、東京・聖路加国際病院や福島・竹田綜合病院などで、人事考課と職能給の導入を柱とする新人事制度が導入され、最近、静岡・聖隷福祉事業団で「コース別雇用管理」(総合職・地域職の創設)と人事考課制度が、また新潟・小千谷病院で「給与表の多様化」が提案されるなど、民間大病院、私立医科大学、精神病院などでも、職能給の導入や賃金体系の大幅見直しを内容とする新人事制度導入の動きが強まっています。

A 日本医労連は、2000年2月にパンフレット「病院における職能給導入は何をもたらすか」を作成し、全組織での学習と職場でのたたかいの強化を呼びかけています。しかし、この間「職能給」「業績給」「成績主義賃金」など様々な名称での賃金体系の変更提案が行われており、2001年春闘ではこの流れが一層強まることが予想されています。こうした中であらためてパンフレットを活用した学習が必要となっており、労働組合としての原則的かつ毅然とした対応が求められています。

2.医療労働者の賃金闘争の基本方向

@ 経営者による賃金抑制攻撃が強まるもと、2001年春闘で日本医労連の賃金闘争の基本方向に基づいた産別統一闘争の強化がますます重要となっています。
何ものにもかえがたいもっとも大切ないのちや健康に直接責任を持つ医療職場においては、そこで働く労働者が"社会的役割を果たしていくにふさわしい賃金水準・労働条件"が確立されることは、基礎的な条件です。
しかし、現実は他産業の労働者と単純に比較しても約2万円の格差があるなど、国際労働基準(ILO看護職員条約・勧告)にほど遠いものです。産業別統一闘争に結集し賃金水準の改善にむけたたたかいの強化をはかります。

A 医療労働者が自らのたたかいでかちとった看護婦確保法・基本指針にもとづく適切な賃金水準=「公的水準以上の賃金の確立」を計画的に達成するための労使の合意・努力をすべての組合で追求していきます。
同一診療報酬、同一ライセンスにふさわしい医療労働者の社会的・横断的な賃金水準の確立が求められています。日本医労連の提起する「ポイント賃金要求」に基づく到達闘争を全国的に展開します。
未組織労働者の低賃金の実態が医療労働者の低賃金構造の下支えとなっており、この水準の底上げなくしては、医療労働者全体の賃金をライセンス労働者にふさわしい評価にすることは困難です。そのために、賃金の底上げをはかる「最低賃金要求」のたたかいを一層重視してたたかいます。

3.医療職場における成果主義賃金導入、退職金の見直しの背景

@ 経営主体によって提案の内容に多少の違いはあるものの、いずれもその1981年以降の臨調・行革路線にもとづく系統的で持続的な診療報酬抑制政策、1990年のバブル崩壊以降、政府・財界が進める規制緩和路線、1995年の日経連の「新時代の日本的経営」による賃金抑制政策などの影響、2002年にひかえた医療抜本改悪を見通しての病院経営の徹底した人事管理、「合理化」による「生き残り」策が共通のものであることは明らかです。

A とりわけ日経連が進める「企業の人件費コスト負担の適正化と従業員個々人の生産性に見合った処遇」としての、「年齢・勤続年数」から「業績・成果」主義、高人件費コスト削減のベアゼロ方針、「総額人件費管理」としての賃金・一時金・退職金の見直し路線が医療経営の中にもストレートに持ち込まれてきています。
第36回全国病院経営管理学会では、病院経営における賃金改定の3つの視点として「総額人件費管理の徹底」「支払い能力の重視・横並びの是正」「高コスト体質の是正」が強調され、退職金制度の見直しやコスト優先の適切な人件費、労働分配率の適正化の必要性が述べられています。

B 賃金体系や退職金などの一方的変更を推し進める背景に、労働組合の軽視で弱体化をねらい、集団的労使関係から個別的労働契約として、労働者を差別分断支配しようとする経営者の思惑がある事についてもしっかりと押さえる事が重要です。すでに、職場では、団体交渉のあり方や産別要求や戦術に対する不当な介入などが現れていますが、こうした問題に対し労働組合として毅然とした対応が重要となっています。

4.賃金体系の見直し・成果主義賃金の問題点

−医療職場には相容れない成果主義賃金−

@ 経営者側は、「生き残り」策の重要な柱として「人事・給与制度改革」への関心を急速に強めており、その中心が人事考課と一体の成果主義賃金・職能給の導入の提案です。また、一部には「下支えとしての社会保障の充実、横断的な賃金決定の仕組み」が前提条件となる「仕事給」を、現在その基盤のない日本で導入しようと提案する経営者の姿勢がつよまっています。
「職能給」「職務給」「年俸制賃金体系」「仕事給」「成果主義賃金」などのさまざまな賃金体系は、結局のところ経営者側がこれまで労働者の賃金を低水準に押さえ込むのに利用してきた「年功賃金」以上に賃金水準を圧縮し、労働者同士の競争をあおるねらいを持つものです。

A 医療の職場は、いのちと健康を守るため多様な職種がチームを組んで協力し合う事が求められる職場です。とりわけ昨今、国民的に大きな関心となっている医療事故問題の解消のためにも職場内での連携の強化は重要な課題の一つとなっています。こうした中にあって、人事考課によって労働者を等級づけ、その等級づけにもとづいて賃金に格差をつける仕組みは、労働者間の競争を助長し医療職場で重要な連携や協力に否定的な影響をおよぼすことは明らかです。労働者に対する評価や目標の達成度による評価が賃金と連動する「職能給」「成果主義賃金」(職能給)が導入されるなら、労働者の意識は常に経営者や管理者など評価・査定する人に向くこととなり、医療の質や患者サービスの低下につながります。
このように人事考課に基づく労働者の等級づけは、患者を対象にチーム医療が求められる医療の職場には相容れないものとして反対するものです。

B 賃金体系の見直しと同時に、一時金の削減も重大な問題となっています。人事院勧告による2年連続の一時金削減へに便乗した動きや、人件費削減の調整弁とし、予算を達成し利益を確保しているにもかかわらず、一時金について減額を行うなどの事例が見られます。
労働組合としては、一時金はあくまでも生活のための賃金であり、賃金の後払いであるとの立場で、一方的な削減をゆるさないたたかいが重要です。
【チェックポイント】
◇賃金水準の低下をまねかないか?
◇賃金の格差や差別が拡大されていないか?
◇労働者同士が団結できるものか?チームワークが乱されないか?

5.退職金給付率の引き下げについての問題点

@ 総額人件費の削減として、賃金体系の見直しと同時に「退職金給付率」の引き下げ提案が行われています。
日本医労連の基本的態度は、退職金制度についていかなる形であれ、労働者への支払いと給付の切り下げには反対するものです。退職金は、賃金の一部の後払いとして退職時または退職後に支払われるものです。したがって仮に、退職金制度を改廃する場合にも、労働者の過去の勤務に見合う支払いと給付は保障されなければなりません。
退職金削減のための一方的な就業規則の変更は「たとえ使用者に経営不振等の事情があるにしても、前記労働基準法の趣旨に照らし、とうてい合理的なものとみることはできない」(大阪高判昭45・5・28)という判決で明確なように、退職金規定の不利益変更は、原則として労働者の合意がない限り認められないということです。したがって、単なる制度の改定として軽々しく変更のできる問題ではありません。

A 国際会計基準、新会計基準の適用による退職金給付積立金不足を理由とする給付削減の動きもつよまっています。
経営側が退職金給付に対する積立不足を口実に協約・協定を軽視し、資本の蓄積、や病院経営のために資金を流用してきたことを不問にし、「新会計基準に従うために賃上げが出来ない」、「退職金そのものを削減しなければならない」などとの画一的な対応は、経営としての義務と責任を労働者に転嫁して、事態を切り抜けようとするきわめて無責任な態度と言わざるを得ません。
【チェックポイント】
◇退職金額が減額になっていないか?
◇在職者と新規の職員間の格差が生まれていないか?

6.賃金体系の変更、退職金の見直しへの対応の基本について

労働条件の一方的な不利益変更は、法律上出来ません!
就業規則や労働協約の変更には労働組合との協議をつくさなければなりません!

@ 職場においては「職能給」や「成果主義」賃金体系に対して、年齢層や職種によって様々な意見や幻想もあります。また、退職金の見直し問題では、「これから先を考えると大変になる」「時代の趨勢だから仕方ない」などの意見や考え方も見受けられます。こうした中、職場内での学習の強化と労働組合として毅然とした対応がなによりも重要となっています。

A 労働組合としての対応の基本は、「労働条件は、労働者と使用者が対等の立場において決定すべきものである」(労基法第2条)、「労働関係の当事者は、…労働条件を低下させてはならないことはもとより、その向上を図るように努めなければならない」(労基法第1条)との立場を堅持することです。

B そして、賃金体系の変更や退職金の見直しなどは、組合・職員の既存の労働条件の変更につながるものであって、そのような変更を求める場合には、協約当事者である労働組合に納得のいく説明を行い、その是非について組合と十分に協議をつくし、労使の新たな合意の形成に努めることが経営側の責任であることを明確にして対応することが重要です。

C 賃金体系の見直し、退職金問題も個別経営における労使関係として提案されているだけでなく、財界のねらう新たな労働者支配、政府の進める医療政策や会計基準の国際化を背景に提案されていることを重視しなければなりません。
経営側からの提案に対しては、各単組や支部の対応にとどめることなく、日本医労連、県医労連、全国組合本部との連携を強化してたたかう力を集中することがもとめられています。

<労働組合としての対応の手順>

◇提案の内容・ねらいを理解し、現行との「変更点」など問題点を整理する。
◇組合員の不安や要求に対応する。
◇労使での徹底した協議をつくす。
◇執行部だけの交渉とせず、職場に知らせみんなの声と行動を結集する。

以   上


<資料:職場学習、討議に役立つ参考文献>

*「病院における職能給導入は何をもたらすか=医療労働者の賃金闘争の基本方向=」日本医労連作成 頒価:300円

*「労働組合と国際会計基準」
  連合通信社作成 単価:650円

*「労働運動」2000年9月号 NO430
  新日本出版社発行 単価:880円