2001年3月23日
           日 本 医 療 労 働 組 合 連 合 会

 医療研究委員会「薬と社会を考える」分科会運営委員会は、昨年の「病院薬剤師実態調査」の分析結果をもとに、下記の「病院薬剤師の配置基準改善の要求」(案)を提起していたが、これを受て日本医労連は、6項目に請願事項をまとめ、春から署名運動や厚生労働省交渉を展開することとなった。


1、理由

 厚生省は1998年10月の医療審議会総会で確認された答申を受けて、病院薬剤師の定数基準の見直しをおこない、同年12月30日より施行した。
 新基準は「外来は処方せん75枚に1名、一般病棟は入院患者70人に1名、療養型病床群・特例許可老人病棟及び精神病院・結核病院では入院患者150人に1名」を柱とするもので、暫定基準として施行、3年後(2001年)に見直しを行うとしている。
 しかしながら、新基準に定める病院薬剤師配置人数は、実態調査報告の示すように、医療現場の実態に全く合わない低い水準であり、実施にともなう薬剤師の過重な負担は、薬剤師の職能である安全で適切な薬の使用をすすめることを困難にし、調剤過誤と薬に関係する医療事故の多発をまねくおそれがある。また患者の「待ち時間」にも影響を与えるものである。
 日本医労連は、医療労働者の労働条件の改善と、患者・国民の生命の安全確保、国民医療充実の立場から、病院薬剤師の定数配置基準を以下のように改善することを要求する。

2、要求

 病院の薬剤師員数の算定基準については、次のように定めること。

1. 病院の薬剤師の人員配置基準は入院患者30人、またはその端数を増すごとに1人とする。
(根拠) 病棟における薬剤師の中心的な活動は、医薬品の管理と入院患者の服薬指導であるが、70人に薬剤師1名の配置基準では、実際には行き届いた服薬指導ができない。
 1999年の全国医療研究集会分科会では、薬剤師を削減された病院の職場実態として、1人の薬剤師が服薬指導で責任をもてる患者数は20人が限界という意見がだされており、昨年(2000年)の同分科会でも入院患者30人に1人が必要という意見が多くだされた。
 病棟活動の現状は、病棟における勤務時間はフルタイムが保障されず、外来や他の部署兼務で1日労働時間の一部をあてる、病棟勤務が時間外にずれ込む、そのうえ病棟かけ持ちなど過酷な状況におかれている場合が多い。
 適切な服薬指導を行うには、患者の病態把握、処方せんのチェックと疑義照会、副作用や相互作用の検討と最適投与量・投与時間の決定、カルテ及び看護記録の閲覧、薬物治療に関連する臨床検査値及び食事療法の把握、カンファレンス参加など、薬剤師が医療チームの一員として働き、信頼されることが必要である。また、患者との充分な対話が欠かせない。病棟活動を支える医学的・薬学的知識の蓄積も重要である。時間の保障がないとこうした活動はできない。
 一方、管理者側は、薬剤師の臨床活動、服薬指導に対する理解が必ずしも充分でない場合が多く、そのため、服薬指導を医療収入の財源(薬剤管理指導料による収入増)としてみる採算重視の考えを優先し、増員はおろか、現在の勤務者数さえも、法的基準をたてにとって、院外処方せんの発行率拡大に逆比例して、削減する動き強めている。
 患者に最適の薬物治療を保障するためには、薬剤師が勤務時間内に、ゆとりをもって考え、活動できる労働条件の維持・改善は不可欠である。入院患者の服薬指導について、1人の薬剤師が責任をもてる患者数とバックアップの体制を考えるならば、1病棟2人の薬剤師配置は必要である。
 「入院患者30人に1人」という要求は、現行の「特定機能病院における薬剤師配置基準」と同じである。1病棟のベッド数は40〜50床前後が多く、1病棟単位を40床として、「入院患者30人に一人」という要求は、概ね1病棟2人(複数)となる。
 日本病院薬剤師会と日本薬剤師会が98年9月に厚生省に提出した共同要求は、「薬剤師員数は、入院患者の数が35またはその端数を増すごとに1以上とし……」とあるが、私たちの要求内容と大きな落差はない。
 なお、日本病院薬剤師会の全田会長は、2000年12月25日の定例会見で、2001年末に控えている病院薬剤師の配置基準見直しに対する日本病院薬剤師会の基本的立場を明らかにし、「一般病院の薬剤師配置基準を特定機能病院の基準と同程度にするよう求めていく」考えを示唆し、「入院患者70人に1人の基準では、医薬品に関するリスクマネージメントとしての機能を果たすことができない」と述べている(Japan Medicine 2000年12月27日号)。 
2. 外来については、外来処方せん40枚、またはその端数を増すごとに一人とする。
(根拠) 病院薬局における外来調剤業務の流れは、処方せんの受け付けにはじまり、薬袋作成、処方監査(処方せん記載内容の確認、処方内容が適正かどうかの点検、薬歴・併用薬の確認・相互作用の有無など、疑義あれば直ちに処方医への疑義照会)、薬剤の調製(調剤)、調剤者による自己監査(正確に調剤したかどうかの自己点検)、調剤監査担当者による監査、薬剤の交付(口頭での患者確認、処方せんの患者名と薬袋記載の患者名の照合、患者に対する服薬上の注意・薬効、副作用などの患者向け薬剤情報の伝達、薬剤の交付)の順に行われる。
 調剤業務で最も注意すべきことは、ときに患者の生命と健康に危険を及ぼすことさえある薬剤調製時の事故(調剤事故)防止である。調剤事故には、薬剤の調製ミス(装置瓶に表示とは違った別の薬を入れてしまう充填の間違い、装置瓶の取り違い、薬名の読み間違い、調剤量の読み間違いまたは秤量の間違いなどのいわゆる調剤ミス)、調製薬監査時のミス(調製過誤の見落とし)、患者に与薬時の薬の渡し間違いなどが考えられるが、とりわけ、調剤者による薬剤調製ミスが重要である。たとえば、二種以上の散薬を混合した場合は、調製後の監査では発見できない場合がある。
 患者の安全を守るためには、処方内容の点検からはじまる調剤の流れの各段階で細心の注意が必要であり、ゆとりがなく、調剤に追いかけられるような人員配置では、注意力の持続と集中を困難にし、調剤過誤を誘発しやすい。
 調剤薬局の薬剤師配置数は「処方せん40枚に1人」と定められている。これに対して病院薬局の外来は、新基準によると「処方せん75枚に対して薬剤師1人」である。病院薬局における外来処方せんの調剤業務と地域の調剤薬局における調剤業務との間には、薬剤師配置数を変えなければならないような質的差異が存在するとは考えられない。上記の病院薬局における外来調剤業務の流れは調剤薬局でも基本的に同じである。違いと云えば扱う処方せんが院内処方せんか、院外処方せんかの違いであり、それに伴う記載事項の相違程度であり、配置基準の二重構造には合理性がない。病院薬局の外来調剤薬剤師配置数を調剤薬局と同等に引き上げるべきである。
3. 医薬品情報業務、注射薬の混合調製、製剤、医薬品試験、医薬品補給管理、医薬品購入等の業務に必要な薬剤師数は別途算定する。
(根拠) 病院薬剤師の業務は多岐にわたるが、現在の配置基準はこれらすべての業務を包括しており、個々の業務に対して算定されていない。高度化、複雑化する薬剤師業務に対応するには極めて不充分である。ここでは、医薬品情報業務と注射薬混合業務に限って述べることにするが、その他についても必要な人員配置を行い、薬剤師の過重な負担は避けるべきである。
 医薬品情報の収集・提供とりわけ副作用・相互作用情報に関するものは薬物治療をすすめる上で必須であり、服薬指導・調剤業務を支える基盤となる活動である。情報提供は医療法上、薬剤師の義務とされているにも関わらず、人員配置の裏付けがないのは片手落ちである。
 人体に投与された注射薬の作用発現は即時的であり且つ激しい。また二種類以上の注射薬の混合は、混合による物理的・化学的変化および薬剤の安定性に特別注意が必要である。注射薬の混合・調製は内服薬・外用薬の調製以上に配合に注意を要するにも関わらず、薬剤師の配置基準は定められておらず、薬物に関する専門的知識のない看護婦に委ねられている場合が多い。
 日本病院会・医療事故対策委員会の調査(608病院が回答・2000年12月)によると医療事故は年間で1病院41.1件、うち看護婦が8割以上、注射時の事故が最多で28.8%、2位が内服薬投与時の14.4%と、注射、投薬時の事故が群を抜いている。この結果をみても、薬剤師が患者の安全を守るために、その専門知識を生かして、注射薬の混合調製に直接関与し、看護婦との協業で患者に安全な注射薬投与をすることができる要員の別途算定が必要である。
4. 臨床試験(治験)業務に参画する薬剤師員数は別途算定する。
(根拠) 化学物質が医薬品となるためには、ヒトに対する有用性(有効性と安全性)が科学的根拠に基づいて確かめられることが必要である。その確認の手段が臨床試験である。
 臨床試験(治験)を実施できる医療機関(病院)は限られている。臨床試験(治験)は厚生省が定める「医薬品の臨床試験の実施に関する基準(GCP)」に準拠して実施される。治験は、治験を依頼しようとする製薬企業とそれを受ける医療機関の文書による契約にもとづいて行われるが、治験を実施する医療機関は十分な臨床観察及び試験検査を行う設備及び人員を有し、一定の要件を満たすことが必要である。
 治験を実施する医療機関は、治験責任医師をはじめ薬剤師、看護婦などの専門家及び専門外の者に加え、実施医療機関と利害関係を有しない第三者が加わる治験委員会を設置しなければならない。かつ、実施にあたっては被験者になる患者に治験に関する事項について文書によって説明し、理解を得、その上で文書による同意をを得なければならない。また、治験薬は副作用や併用薬との相互作用が未知の医薬品以前の化学物質であるから、被験者の人権を尊重し、万一発生する緊急時に備えて、必要な対策がとることが求められる。
 実施医療機関(病院)の薬剤部は治験薬の管理及び被験者への治験薬調製(調剤)に重大な責任を負うので、治験に関わる薬剤師を専任とすることが望まれるが、現在の配置基準には治験専任者は考慮されていない。
5. 院内感染対策・事故防止対策に参画する薬剤師員数は別途算定する。
(根拠) 院内感染と医療事故は大きい社会的問題になっており、その防止は患者の人権をまもるうえでの重要課題である。各医療機関で院内対策委員会をつくり、専任のスタッフを配置することが求められている。薬剤師の果たすべき役割は大きい。対策委員会の専任スタッフに薬剤師を加えるべきであり、それに要する員数は別途算定すべきである。
6. 上記の人員配置を実現するため、病院薬剤師の業務に適正な診療報酬を保障すること。