提言・医療労働に対する診療報酬上の評価について
− 安全でゆきとどいた医療・看護のために ―
2001年9月12日、日本医療労働組合連合会・政策委員会

はじめに

高齢社会の到来、相次ぐ医療事故などの中で、安全でゆきとどいた医療を実現していくことは、国民的な緊急課題となっています。医療の現場は、人のいのちと健康を直接あずかる場です。安全でゆきとどいた医療を保障するには、医療労働者の大幅増員と労働条件の改善が必要です。しかし、診療報酬上は、人員配置への直接的評価はほとんどされていません。諸外国に比べ極端に少ない人員で、目の回るような忙しさです。その多くがライセンスを持つ専門職でありながら、賃金も他産業に比べ、数万円も低くなっています。
政府・厚生労働省はこの間、医療費抑制、医療提供体制の再編を強引におしすすめてきました。本来は医療機関の活動を経済的に保障し、患者のいのちと健康を守るべき診療報酬が、政府の医療改悪を経済的に誘導する手段として使われています。患者負担の相次ぐ拡大や患者の病院追い出しなど国民への深刻な影響とともに、増員への厳しい抑制や下請け・業務委託の拡大など、医療労働者にもいっそう過酷な労働が強いられています。
医療事故の背景としても、諸外国に比べ極端に少ない日本の人員配置の問題が指摘されているところです。安全でゆきとどいた医療を実現するためにも、診療報酬において、医療労働を正当に点数評価することが切実に求められています。

1、医療機関の再編・ベッド削減を誘導する診療報酬改定

(1) 政府・厚生労働省は、医療機関を機能別に再編・淘汰し、ベッド数を削減することによって、患者の受診を抑制し、医療費を削減しようとしています。これを本格的にすすめるプログラムとして、旧厚生省は1997年、「21世紀の医療保険制度」を提起しました。
「21世紀の医療保険制度」は、「@患者のフリーアクセスが、大病院への集中やはしご受診を生んでいる、A医療提供体制の見直しにあわせて、診療報酬の面でも、入院と外来を区分する」として、診療報酬体系の見直しを打ち出しました。具体的には、大病院の外来機能の縮小や入院日数による逓減制等によって機能分化をすすめ、ベッド数を削減しようというものです。この方向で、診療報酬改定や医療法「改正」がすすめられています。

(2) 2000年4月の診療報酬改定で、病院は「200床」で区分され、200床以上は大病院となり、外来点数が引き下げられました。また、患者紹介率や入院に対する外来比率によって、入院料が加算されることになったため、収入を上げるには外来患者を削減することが必要となっています。しかし、200床以上の病院の再診が外来診療料70点のみに包括化されたことで、患者の自己負担が軽減され、逆に大病院に外来患者が集中する結果になりました。この対策として、2001年1月からの老人医療費1割負担導入の中で、病院外来の一部負担の上限額に、200床以上5,000円、200床未満3,000円という露骨な格差が設けられました。外来の老人を中小病院・診療所へ誘導して、大病院の外来を減らそうという意図が明らかです。

(3) 第4次医療法「改正」(2001年3月施行)では、従来の一般病床が「一般病床」と「療養病床」に区分されました。その先取りとして、2000年診療報酬改定では、平均在院日数・看護配置・看護婦比率を基準とした「入院基本料」が新設され、機能別に分類されました。在院日数30日以内では基本点数に加算がつきますが、逆に長くなると大幅に減額されるため、長期入院が敬遠される仕組みです。同時に、一般病棟と老人病棟、療養病棟の入院基本料、介護施設の介護料を比較すると、患者を入院日数によって一般病棟から療養病棟へ、さらに介護施設へと追い出していく仕組み(その方が収入は多くなる)です。医療機関の再編をすすめ、入院日数を短縮し、ベッド数を削減しようというものです。

(4) こうした背景には、医療費の抑制・削減とともに、財界の病院経営への参入という欲望があります。日経連は1996年、疾病別定額制への転換、診療所と病院の機能分担などを打ち出し、1998年には「病院経営参入規制の緩和についての基本的考え方」を示して、民間企業による病院経営への参入を強く求めています。31兆円に達する国民医療費を財界の新たな金もうけの場にしようというのです。
小泉内閣の「経済財政諮問会議」が今年6月に打ち出した「今後の経済財政運営及び経済社会の構造改革に関する基本方針」(骨太の方針)は、財界の意図を正面から実現することを政府の基本方針に位置づけたものです。「骨太の方針」は、効率化によってコストを削減するとし、医療・介護分野に競争原理を導入する考えを強く打ち出しました。株式会社による病院経営参入や保険者と医療機関の直接契約、混合診療の導入などが盛り込まれました。また、「目標となる医療費の伸び率を設定する」と、医療費の総枠規制が打ち出されました。国の医療費負担の露骨な削減をねらったものであり、医療の質の低下と患者負担増が懸念されます。
政府・財界は、医療費の増大が国の財政や経済を破綻させるかのように描き出そうとしています。しかし、「社会保障に20兆円、公共事業に50兆円」という逆立ちした財政をあらため、減り続けている国庫負担率の増額・復活を実現すれば、高齢社会の医療を支えることは十分可能です。

2、劣悪な医療現場の実態

(1) 相次ぐ医療保険制度の改悪で、患者・国民の負担は大幅に増やされており、受診抑制や慢性疾患患者の治療中断など、国民の受療権が侵害され、病人が患者になれない深刻な状況が生まれています。WHOの「2000年版・世界保健報告」によれば、日本の「保健システムの最大到達(可能)度」は10位となっています。健康のいっそうの増進に寄与できる社会資源を有しながら、国民の健康で豊かな暮らしの創造に向けて、それを十分に活用できていない状況です。
一方、政府の「総医療費抑制・病院の機能別再編とベッド削減」政策の下で、医療経営者は「利益最優先の経営主義」を強めています。徹底した「合理化」攻撃で、医療労働者の労働はいっそう劣悪になっています。医療事故に象徴されるように、いのちを守る職場でありながら、「安全」が保障できない事態です。「日勤は夜10時過ぎ、準夜は朝方、深夜は昼までになっている」「16時間夜勤だが、忙しくて仮眠もとれない。患者に責任がもてない」「休憩も取れず、立ったまま食事」「半泣き状態で仕事」など、悲痛な声があがっています。

(2) 日本医労連が昨年秋に実施した「看護現場実態調査」は、労基法も満足に守られず、自らの健康や生活さえ脅かされる劣悪な労働条件とともに、人員不足・過密労働が患者の看護にも重大な影響を与えている実態を浮きぼりにしました。
@ 20歳代が4割(39.4%)、34歳以下が過半数(52.8%)を占めており、専門職でありながら、非常に若い年齢構成となっています。現在の職場・部署になっての年数では、満2年未満が5割(49.6%)にも達しています。働きつづけられない過酷な労働条件を示すと同時に、様々な生活背景を持った患者のいのちを直接預かる看護という仕事の上からも大きな問題をはらむものです。
A 3交替制の夜勤回数は、看護婦確保法・基本指針に違反する月9日以上が4分の1(24.9%)にも達しました。さらに、サービス残業なしが4割弱(37.6%)に止まったことや、当直制でも日常的に業務があるが4分の3(73.4%)に達したことなど、労基法さえ満足に守られない状況です。
B 母性保護も深刻な実態です。産前に受けた保護措置では、「夜勤・当直免除」は6割(60.0%)に止まり、「夜勤・当直日数の軽減」は2割(20.5%)、「特に措置は受けなかった」が2割(20.5%)にも達しました。妊娠の状況では、「順調」は16.9%と、6人に1人という状況です。「切迫流産」31.9%、「出血」22.6%などどなっています。
C 「患者さんに充分な看護が提供できていますか」では、「できている」はわずか8.2%に止まりました。その理由としては、「人員が少なすぎる」が72.4%、「業務が過密になっている」が71.1%となっており、人員不足と過密な業務で、充分な看護ができていない状況です。「ミスやニアミスを起こしたことがありますか」では、「ある」が93.8%を占め、「ない」は6.2%に止まりました。「医療事故が続発している原因」でも、「医療現場の忙しさ」が特に多く85.0%を占め、「交代制勤務による疲労の蓄積」41.5%、「慢性的人員不足」31.4%などとなっています。
D 「健康である」は29.5%に止まり、7割が健康に不安を感じているという結果となっています。また、「慢性疲労」も8割(79%)に達しています。「こんな仕事もうやめたいと思うこと」では、「なかった」は12.8%しかなく、3分の2(67.6%)が仕事を辞めたいと思っている深刻な実態です。しかも、辞めた後は4割(40.1%)が看護の仕事を離れると回答しています。辞めたい理由は、「仕事が忙しすぎる」56.3%、「仕事の達成感がない」32.5%、「本来の看護ができない」30.5%、「夜勤がつらい」25.7%、「休暇がとれない」22.6%となっています。看護の仕事にやりがいを感じつつも、仕事に追い立てられて日々の充実感はうすく、燃え尽きている状況を示すものです。

(3) この背景には、日本の極端に少ない人員配置があることは明らかです。同時に、増員が抑制されているにもかかわらず、徹底した「合理化」で、入院日数短縮やベッド稼働率アップが推進されていることが、過重労働に拍車をかけています。
日本医労連が2000年11月に実施した「看護婦110番」には、「神経内科・小児科・産婦人科・眼科・精神科・心療内科の7科混合病棟、このような病棟があっていいのか」「月6〜7回の日勤・深夜は特に過酷。20時前後、遅い時は22時ごろ帰宅し、家で1〜2時間仮眠するだけで、ふたたび24時からの出勤。仮眠はほとんど取れず、翌日の12時まで勤務することが多い。寝不足によるミスを起こさない方が不思議なほど」など、人員抑制の下で仕事がますます過密になり、看護婦が疲れ果てている実態や医療事故への不安などが赤裸々に訴えられました。

(4) 経営効率最優先、人件費抑制の経営戦略の下で、看護婦ばかりでなく、医療労働者全体がいっそう過酷な労働条件下に置かれています。例えば、医療研委員会「薬と社会を考える」分科会運営委員会が実施した実態調査でも、薬剤師の1ヶ月の平均残業時間は17.3時間、代休が取れない23%、定時の休憩が取れない29%という状況です。また、全労連が実施した「2001年働くみんなの要求アンケート」では、サービス残業なしは、全労連全体の45.3%に対して、日本医労連は32.5%に止まっています。厚生労働省の調査でも、労基法違反は、依然として医療業が最も多いという実態です。
政府がおしすすめる「民間活力の活用」や「規制緩和」は、医療分野にも大きな影響を及ぼしており、給食や検査など下請け・業務委託が急速に拡大されています。1999年医療施設調査では、感染性廃棄物処理96.4%、保守点検業務84.3%、清掃75.6%、給食39.2%、滅菌13.2%などとなっています。介護関係では特に、登録ヘルパーなど不安定雇用が大半を占めており、雇用形態も大きく変質されようとしています。雇用形態が違う労働者が混在し、はたらく者同士の仲間意識、チームワークを育むことを困難にするとともに、医療機関の医療に対する責任を曖昧にし、医療の質が問われるようになっています。医療経済雑誌の調査(全国1500病院)では、直営に戻す病院があげた理由の第1は、「業者スタッフの質の悪さ」となっています。
患者の人権と安全性を高める上からも、チーム医療確立の視点からも、現在の「効率化」を最優先にした医療のあり方を改めることが必要です。

3、安全でゆきとどいた医療を保障する診療報酬に

(1) 診療報酬の本来のあり方について
@ 国民の医療を受ける権利を保障するもの
憲法第25条は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と規定しています。国民への医療保障は、国の責任であり義務です。
国民が安心して十分な医療を受ける権利を保障するのが、公的医療保険制度であり、それを実効あるものにするのが診療報酬であると言えます。診療報酬は、国民にとってはどの医療機関でも同質の医療が受けられる保障でもあります。その意味からも、今日の診療報酬のあり方が問われています。
A 医療機関の安定した経営を保障するもの
診療報酬は、国民が医療機関を受診した際に支払われる公的医療保険制度からの給付です。医療機関にとっては、文字どおり診療に対する報酬として収入のほとんどを占めています。患者に必要な医療を安定して提供するためにも、医療機関を経済的に支えるためにも、不可欠なものです。
したがって、診療報酬は、医療機関が患者から法外な料金を徴収したり、医療従事者に劣悪な賃金・労働条件を強いることなく、医療機関の経営が成り立つものでなくてはなりません。

(2) 医療労働者への評価と算定基準を明確にする必要性について
@ 医療労働者への評価を明確にする
国民に安全でゆきとどいた医療を提供するためには、医療労働者の生活が安定し、ゆとりを持って医療・看護がおこなえるものでなければなりません。ところが、実際の診療報酬は、医療労働者の労働に対する評価が不明確で、しかも低くなっており、薬剤や検査等の差額で人件費等をまかない、医療機関が何とか経営されているのが実態です。低い診療報酬が医療機関の人減らし「合理化」を推進する役割を果たしているなど、多くの問題点を持っています。
診療報酬で、医療労働者の労働の評価を明確化することが必要です。
A 算定基準を明確化する
医療労働者の労働に正当な評価をおこなうには、診療報酬の算定基準を、社会的に地位が確立している教員などの専門職や高度の技術を要する技術者の賃金水準を基準とすることが必要です。医療・看護の水準を確保するために、必要な要員の配置基準を明確にすることが必要です。
また、診療報酬の決め方を国民に開かれたものとすることも重要です。

4、安全でゆとりを持った人員配置基準の明確化を

(1) 現行の診療報酬は、薬剤や検査など、ものへの評価が中心となっています。入院の看護職員を除けば、人員配置に対する直接評価はなされていません。しかし、実際には人件費が医業支出の半分を占めています。人員への正当な評価なくして、安全でゆきとどいた医療は保障できないのです。
医療労働者は、患者の人生のあらゆる場面の健康問題に深く関わり、治療や生活行動援助等を通して、より人間らしく生きるための援助をおこない、人々の幸福をめざす役割を担っています。そのためには、専門的知識と豊かな経験が生かされるチーム医療が欠かすことはできません。しかし、現状の少ない人員配置と過密な業務の下では、本来求められる役割を果たすことができません。医療労働者は、1人1人の患者さんに安全でゆきとどいた医療を提供してこそ、働きがいや喜びを感じることができます。
医療法では、医師や看護婦など一部にしか人員配置基準はなく、しかも国際的にも異常に低い基準となっています。これをあらため、医療現場の実態にみあった基準を設定することが必要です。同時に、診療報酬においても、各職種の人員配置基準を定め、人への評価を点数化する必要があります。ますます過密となっている医療労働の実態が改善される最低基準の設定・引き上げが必要です。また、医療の高度化、現場実態に応じて人員増がおこなえる高い配置基準を定め、点数評価することが求められます。
3人以上・月6日(当面8日)以内夜勤や完全週休2日制などの労働条件が保障され、年休などの諸休暇がとれる人員配置とする必要があります。日勤や夜勤ごとに何名の配置を保障できるのか、具体的に算出して、配置基準に反映させることが必要です。急患等が頻繁にありながら、人員不足のため、夜間や休日には宿日直制や待機・呼び出しで対応という実態も改善されねばなりません。また、医療に責任を負い、安全な医療をおこなうためには、直営で正職員が確保できる基準とすることが必要です。

(2) 現在、人員配置への評価があるのは、入院の看護職員配置ですが、前回の診療報酬改定で看護料は廃止され、看護基準は入院基本料の一要件となり、点数評価も包括化されました。最も高い基準は、患者2人に看護職員1人となっており、10年以上据え置かれたままです。日本医労連の2000年度夜勤実態調査では、100床あたりの看護職員数は46.14人と、1997年からほとんど改善されておらず、「2対1」の上限近くで抑制がかかっている状態です。入院患者1人あたりの看護職員数は、日本0.53人、アメリカは2.39人、OECD諸国平均が0.95人で、日本は主要国中で最低です。戦後の混乱期に制定された医療法の「4対1」が半世紀も基本的な基準とされてきましたが、昨年の医療法改悪では療養病床が「6対1」となり、それを全病床の約半分まで拡大することがねらわれています。
諸外国に比べても圧倒的に少ない看護職員配置基準の抜本的な引き上げは急務であり、医療の高度化や患者の高齢化、入院日数短縮などの実態からすれば、最低基準を「2対1」以上とし、「1対1」「1.5対1」看護を新設することが必要です。そして、看護婦確保法・基本指針の「月8日以内夜勤」、新たな需給見通しで示された「より手厚い看護体制」(3人以上夜勤の推進)などが実現できる配置基準とすべきです。

(3) 診療報酬による人員抑制策が矛盾を拡大しています。入院基本料のうち、看護職員1人当たりの年間看護料相当額は、看護婦7割以上の場合で「2.5対1」、4割以上では「3対1」、2割以上では「4対1」が最も高く設定されており、経済誘導で増員抑制がねらわれています。また、入院基本料で入院日数等による加算・減額が強化され、在院日数での機能分化がいっそうすすめられる下で、配置基準の上限が入院日数によって強制的に引き下げられる事態も生まれています。診療報酬において、こうした人員抑制策はおこなうべきではありません。診療報酬は、おこなった及びおこなうべき医療労働を評価するものであり、医療労働者の賃金や労働条件を保障するものでなければなりません。

(4) 入院期間が短縮されるとともに、在宅医療が評価される中で、治療途中の患者が外来や在宅に移されており、外来患者の重症化と看護労働の過密化がすすんでいます。今や外来は入院機能の代替であり、外来看護の役割がますます重要になっています。しかし、外来看護の評価が独自にないことに加え、200床以上の病院の再診が外来診療料70点のみにされた中で、臨時・パートや補助者への切り替えや病棟との一元化などによって、外来看護婦がかえって減らされるという事態です。手術室についても、高度な手術や長時間の手術が増大し、人員不足・過密労働が常態化しています。外来や手術室での看護を保障するためには、診療報酬で配置基準を定め、点数評価をおこなうことが必要です。

(5) 看護婦以外の職種についても、人員配置基準を明確化し、診療報酬上の点数評価をおこなうことが不可欠の課題です。例えば、薬剤師については、少なくとも入院は患者30人に1人以上、外来は処方箋40枚に1人以上とし、その人件費を保障する点数評価とすることが必要です。医療事故でも薬に関するミスが多く発生しています。薬剤管理や服薬指導をおこなうためにも、薬剤師を大幅に増員し、各病棟にも専任で配置することが必要です。検査や放射線等についても、同じように忙しい職場実態にあり、少ない人員で夜間等は待機・呼び出しが横行している実態です。
医療事故防止のため、診療報酬上の人員評価を改善する必要があります。リスクマネージャーや院内感染防止ナースについては、配置が一部義務づけられていますが、診療報酬での人員配置の点数評価がないため、その多くが兼任で有効に機能できないのが実態です。医療事故を防止し安全な医療をおこなう責任体制を整備するためには、これらの人員の配置を義務づけ、点数評価する必要があります。

(6) 来年の診療報酬改定では、看護必要度の導入が確実視されています。看護必要度は、「看護サービス内容の評価を加えた看護料の設定」と言われています。しかし、「必要もないのに看護婦を増員して医療費がかさむ。一般病棟で看護婦を増員すれば、無条件に2対1まで増員できる制度は見直すべき」との考え方が根底に置かれており、看護必要度の指数化によってランクを決め、ランクごとに看護職員配置および平均在院日数を規制する方向です。増員への規制であり、一部の加算と引き換えに、「1対1」「1.5対1」看護の新設を拒むものになりかねません。
「標準化」された看護がベースとされるため、患者の個別性にあわせた看護が阻害される危険があります。看護はそもそも数値化が難しい分野であり、どうやって客観的に適正な評価をおこなうのかということや、患者の病態的重症度だけで看護の必要度を本当にはかれるのかなど、問題が山積しています。また、重症度に応じて患者が病棟を転々と変わることになったり、医療機関が患者を選択することにもつながりかねません。看護必要度に基づく病棟のランクわけになれば、混合化がさらにすすむということであり、看護婦にはあらゆる知識・能力が求められます。医療・看護内容がますます高度化している現状から見れば、医療事故の危険性にもつながります。こうした点から言っても、まず、看護婦の大幅増員、配置基準の抜本的引き上げが先決であることは明らかです。

5、医療労働者の労働と生活を保障する点数評価を

(1) 看護婦闘争の高揚などによって、医療労働者と他産業労働者との賃金格差は縮小してきていますが、厚生労働省「賃金構造基本統計調査」(賃金センサス)から試算すると、未だに2万円を超える格差が存在しています(2000年で、年齢・勤続年数を他産業に合わせた場合、医師を除く所定内賃金で月2万1千円強の格差)。賃金センサスで年収を比較すると、2000年において、看護婦・女438万8千円、薬剤師・男523万5千円、薬剤師・女438万円に対し、高等学校教員・女671万8千円、航空機客室乗務員・女575万7千円となっています。同じ専門職でありながら、看護婦・女と高校教員・女には233万円もの大きな年収格差があります。
同時に注目しなければならないのは、看護婦・女は平均年齢34.1歳、平均勤続年数6.7年(30歳未満45.6%、40歳未満72.5%)に対して、高校教員・女は平均年齢40.9歳、平均勤続年数13.6年(30歳未満25.1%、40歳未満50.1%)となっていることです。日本医労連の「看護現場実態調査」でも明らかなように、看護婦が働き続けられない条件に置かれているということです。
医療労働者の賃金は、診療報酬の保障が低い下で押さえ込まれていると同時に、男女の賃金格差の影響を受けているのです。さらに勤続期間の短さが相対的に賃金額を低くしています。

(2) 診療報酬において、医師や看護婦をはじめとする医療労働者の配置や技術の評価が曖昧かつ低いことが、医療労働者の低賃金構造を規定している最大の要因であることは明らかです。逆に言えば、医療労働者の低賃金によって低い診療報酬が維持されているのであり、わが国の医療を歪めている要因ともなっています。すなわち、医療機関は経営を安定させるために、医療労働者を十分に配置し最適な医療をおこなうのではなく、患者を増やし1人の患者により多くの医療行為(しかも診療報酬の高点数に傾斜する)をおこなう方向に流れていく傾向となっているのです。
技術評価の低さゆえに生じる人件費の赤字を、検査や投薬、医療材料等によって補填しなくてもよい点数設定をおこなうことが必要です。診療報酬で、医師・看護婦をはじめとする医療労働者の技術と労働を正当に評価することが求められています。
医療は、国民に生命の安全や健康な生活への安心を保障するとともに、人間の成長や発達をはかるものであり、公的責任が強く問われる分野です。そうした観点からすれば、医療は営利を目的とした資本の活動としてではなく、憲法25条の生存権を国民に具体的に保障する場として、安定した運営ができなくてはなりません。だからこそ、市場原理に委ねるのではなく、公的責任の下で管理・運営がなされる必要があります。

(3) 医療従事者の技術と労働に対する診療報酬上の具体的な評価方法、点数設定については、前項でも触れたように、@患者数や調剤数、給食数などを基礎に、安全でゆきとどいた医療を保障する各部門・職種の必要人員を定め、人員配置への正当な診療報酬上の評価をおこなうことがまず必要です。その上で、
A世間の賃金相場も勘案しつつ、医療労働者の専門性や仕事内容に見合った適切な賃金がまかなえる点数評価とすることが必要です。専門職として正当な評価をおこなってこそ、医療内容の向上も保障されます。
B材料費については、現在のようにあいまいな形で点数に包括せずに、原価主義に基づき点数設定することが必要です。同時に管理部門(事務管理、診療情報管理、医療廃棄物処理、病床管理など)も、患者数や病院機能等に応じた必要人員を設定し、人件費保障と原価主義により点数設定をおこなうべきです。
C薬や検査、医療材料による差益に頼らず、医療機関の経営ができるようにすべきです。また、パート・派遣・下請け等の導入によって人件費削減を図る動きに対しては、中間搾取を認めないという立場から、実際に支払った委託費等に基づき原価主義を原則とすべきです。その上で、職員1人当りの適正な付加価値を保障するなどして、病院運営から利益至上主義を廃し、医学的見地に基づく最適医療をおこなうことが、経営的にも健全となるようなシステムがつくられるべきです。

6、診療報酬における差別的取り扱いの廃止を

(1) 政府・厚生労働省は、診療報酬を使って医療機関の機能分化を強引に推し進めています。例えば、老人の入院料で見ると、看護婦配置2対1の入院基本料は、入院してから2週間までは1日1,643点ですが、90日を超えると937点まで下がってしまいます。療養病床では、看護6対1、補助者4対1の場合、30日以内は1419点ですが、180日以上は1070点です。一方、介護療養施設では要介護5で1,299単位、要介護1でも1,126単位となっています。明らかに、長期患者、老人を一般病棟から追い出し、人員配置の低い療養病床へ、さらに介護施設に追いやろうというものです。
診療報酬は、医療機関がおこなった診療行為に対して経済的な保障を与えるものです。診療報酬を利用して、機能分化を押し付けるべきではありません。機能分化の押し付けで、一般病院がなくなる地域もでており、国民の受療権が侵害されています。大都市や地方、へき地等の実情に応じても違いがあります。地域ごとの実情に応じて、救急医療をはじめ必要な医療を柔軟に整備・確保できるようにすべきです。

(2) 老人や長期入院患者が追いやられる療養病床には、診療報酬に包括・定額払い制が導入されています。介護療養施設も同様です。定額払い制度のもとでは、重症患者が敬遠され、検査・医薬品などの使用も抑制される傾向があります。アメリカがDRG/PPSの導入で、医療費が激減したことも有名です。看護職員配置も6対1と低く、看護体制からも、病院側が軽症患者を優先し、重症患者が敬遠される傾向にあります。包括・定額制の最大の問題点は、経済的理由から、「主治医が患者の病態に応じて躊躇せず、必要・充分な医療をおこなえない」ことにあります。
過少医療の危険が指摘される包括・定額払い制をこれ以上拡大すべきではありません。また、包括・定額払い制の下においても、必要な医療をおこなった場合には、それが診療報酬上もきちんと評価される仕組みとすべきです。

(3) 老人や精神医療などについては、同一の基準でも一般病床より低い点数評価とされています。また、機能分化の観点から、入院日数による露骨な点数格差がつけられています。同一の人員配置や医療行為に対しては、同一の点数評価とし、差別をおこなうべきではありません。

(4) 精神疾患の増加と多様化、そして心の問題の急増によって、精神科医療の社会的な役割が益々高まっています。精神科医療は、この社会的な役割に積極的に応えなければなりません。しかし、精神科医療・病院の現状は国民が願う「安心してかかれる精神科医療」という点からは大きな問題を抱えています。採算を度外視できない民間病院に精神病床の89%を任せながら、病院収入(日当点)が一般病院の43%、半分の人員基準など「安かろう・悪かろう・やらなかろう」の精神医療を押し付けているわが国の精神医療政策の構造的な問題があります。国民が願う「安心してかかれる精神医療」を実現するには、この構造的問題の解決をはかることが急務です。
「患者調査」(1999年)によれば、全入院患者約148万人に対して、精神疾患が約33万人と22.5%を占めながら、一般医療費に占める精神科医療費は6.3%、入院医療費総額に占める精神科入院医療費は15%と、精神科医療費が極端に低く抑えられています。この結果、患者1人あたりの1日の収入は一般病院の約3万円に対し、精神科病院は約1万3千円と、43%になっています。これでは病院経営が成り立たないため、@支出対策として、職員を一般病院の半分(100床あたりの職員数は一般病院103.3人、精神病院53.2人)に抑え、A収入対策として、詰め込み入院(かつては100%越えていた精神病院の病床利用率は現在93.5%、一般病棟は82.6%)がおこなわれています。精神科リハビリや訪問看護なども点数が低く、差別的扱いがされています。国民が安心してかかれるようにするには、精神科医療が一般医療と同じ条件でおこなえるようにしなければなりません。精神科差別・精神科特例の廃止が必要です。

7、安全でゆきとどいた医療を実現するための財源について

(1) 旧厚生省の推計によると、将来の社会保障給付費は、2025年度には207兆円と2000年度予算ベースの実に2.7倍になるとされています。政府・財界はこうした数字を使って国民の将来不安をあおっていますが、基礎とされている経済指標の根拠は薄弱であり、人口推計が過去何度も修正されたことが物語るとおり、政策的意図がかなり入りこんだ内容となっている点に注意が必要です。また、GDP対比等でみれば、日本の医療費は非常に低い水準にあることや、社会保障費の割合が非常に低く抑えられ、国民負担ばかりが拡大されていることを前提として抑えることが重要です。
政府・財界は、高齢者医療費の伸びなど保険財政の危機を唱え、その解決方法として、@税による公費負担の増額、A保険料の引き上げ、B患者負担の拡大、C医療費総額の抑制の4項目を中心に検討をすすめています。
今回の提言は、医療労働に関する診療報酬上の評価を中心としたものであり、医療・社会保障全般の財源論をテーマにしたものではありません。しかし、総枠規制などいっそうの医療費削減、患者・国民負担増がねらわれる下で、高齢者医療を中心に、政府・財界が検討をすすめる上記4項目に対して、若干の見解を述べるものです。

(2) まず、公費負担の増額についてです。現在、高齢者医療制度の改革が盛んに論議されていますが、国庫負担の増額については、日医や健保連、経団連なども含め、多くの団体が求めており、政府もその方向です。
この間、国は制度改悪を重ね、医療や社会保障への支出を抑制してきました。現行の老人保健制度が発足した1983年当時から比べ、国庫負担は10ポイント以上低下し、1998年度で34.4%(政管健保・国保への国庫負担分を含む)になっています。これを1983年当時に戻すだけでも、約1兆円の財源が生まれます。また、国民医療費全体に対する国庫負担を現行の24%台からピーク時の30.8%(1981年度)に戻せば、2兆円近い金額となります。医療や福祉・社会保障への積極的な財政支出が求められているのであり、そうしてこそ、国民の医療や福祉・社会保障の水準を高めることができるのです。
問題は、国庫負担増額の財源をどこから確保するかという点です。政府・財界は、高齢者医療への各保険財政からの拠出金方式を廃止し、企業負担を削減しようとしています。そして、その分の財源は、消費税の増税で国民に負担させるねらいです。しかし、消費税の増税はおこなうべきではありません。消費税は、生計費非課税・累進性の原則に反するものであり、不況に苦しむ国民や中小企業にいっそうの負担を強い、景気回復にも逆行するものだからです。
新たな国庫負担の増額分は、無駄な公共事業や防衛費の削減、企業や銀行への公的資金の投入の見直しなど、予算の組み換えや不公平税制の是正でまかなうべきです。「公共事業に50兆円、社会保障に20兆円」と言われるように、日本の財政支出の構造は、世界に例のない異常なものになっています。この仕組みを根本からあらためることが必要です。

(3) 次に保険料収入の問題です。保険料が今後も主要な財源となることは確かでしょうが、その場合いくつかの論点があります。
@ 企業負担割合の引き上げが必要です。現行は労使折半が基本ですが、ヨーロッパなどと比較しても格段に低くなっています。世界第2位の経済力を持つ日本の大企業に応分の負担を求めることが当然であり、企業責任の明確化が必要です。
A 雇用増、給与収入の増加等によって、保険料収入を増やすことが重要です。雇用拡大と賃上げは、国民所得の6割を占める個人消費を刺激し、景気浮揚の効果を持つだけではなく、保険財政を豊かにします。
単純試算ですが、雇用が百万人増えた場合(標準報酬月額30万円、健保保険料率85/1000として)、年間3千億円強の保険料収入の増となります。また、労働者の賃金が1万円上がった場合(被用者保険本人4千万人、健保保険料率85/1000として)、年間4千億円強の保険料収入の増となります。
B 高所得者に応分の負担を求めることも必要です。健康保険料の場合、標準報酬月額は98万円で頭打ちとなっています。料率は同じですから、所得に対しては逆進的になります。これを撤廃すれば、年収1千万円を超える給与所得者の給与総額は35兆円に達していますから、厚生年金保険料と合わせれば数兆円規模の財源となります。
政府・財界は、新たな高齢者医療保険制度の導入で、高齢者全員からの保険料徴収をねらっていますが、もちろん、これには反対です。

(4) 次に患者負担の拡大についてです。患者負担増は、政府・厚生労働省の医療費抑制の中心施策となっています。今後も、高齢者の自己負担を1割から2割に引き上げることや健保本人3割負担がねらわれています。しかし、早期発見・早期治療という点から言っても、受診の際の負担は最小限に止めるべきであり、これ以上の患者負担増はやめるべきです。
今でも受診抑制が起きているように、さらなる負担増は国民皆保険の否定につながるからです。患者負担増による医療費抑制効果については、短期的にはともあれ、中長期的には疑問視されています。それどころか、早期発見・治療、健康増進を阻害し、医療費をかえって増加させかねません。また、97年改悪で示されたとおり、可処分所得の減と将来不安の増大によって、個人消費を冷え込ませ、不況を深刻化させるからです。

(5) 最後に医療費総額の抑制についてです。政府・財界は、医療費総額の3分の1を占める高齢者医療費を中心に、国の医療・社会保障費抑制に躍起になっています。しかし、本当に必要なのは、医薬品、医療機器大資本の儲けを保障する構造にメスを入れることです。
まず、高薬価政策の是正です。厚生労働省は、医療機関には薬価差の解消を迫っていますが、その一方で、新薬の高価格保障など高薬価政策を維持しています。そのため、日本の薬価は諸外国に比べ3〜4割も高い水準にあります。ここにメスをいれれば、現在6兆円の薬剤費のうち2兆円程度が削減できると見られています。
医療費という結果の削減ではなく、早期発見・治療、健康増進によるおおもとからの病気の抑制が重要です。各地の先進的な実践でも証明されているように、これこそが、本当の意味での医療費抑制策です。国民皆保険制度の下で、国民に医療が保障されてきたことが、日本の医療費を国際的には低い水準に抑えてきたのです。

以上見てきた通り、医療行政を国民的立場に転換するならば、医療財政の「危機」の打開は充分可能です。むしろ、国民に高い水準の医療・社会保障を保障することが求められているのであり、そのための財政の転換が必要なのです。

おわりに

21世紀に安全でゆきとどいた医療を実現し、患者・国民の人権、受療権を保障することが、私たちの切なる願いです。そのためには、医療労働者の過重労働を解消し、生き生きと働ける状況をつくることが必要です。多くのみなさまのご意見をお願いするとともに、今後の運動の一助として活用いただければ幸いです。

以     上