公的医療機関の充実・発展を
−国民の求める医療提供体制を確立するために−
      2002年6月20日 日本医労連・公的病院統廃合対策委員会


はじめに

(1)今日すすめられている「医療改革」は、アメリカと日本の財界の要請に応えて、医療を産業として「市場化」し、営利企業の利潤追求の場にしようとするとともに、医療費への国庫負担を一層削減しようとするものです。
 具体的には、国庫負担の削減などが招いた健康保険財政の「破綻」を口実として、健康保険の保険料や自己負担を引き上げ、保険外負担=金の有無で医療内容に格差を付ける差別医療を導入して、民間医療保険への依存を高めさせるなど、国民に負担増を強いて受診を抑制し、生活と命を脅かしています。
 また、診療報酬の引き下げが、医療機関の経営を圧迫しています。その結果、他産業に比べて低い医療従事者の給与水準を一層引き下げ、人減らし「合理化」を促進し、患者の安全が脅かされる事態となっています。
 さらに、公的医療機関への公的資金の投入をやめて「民営化・統廃合」し、株式会社による医療機関の経営を認めて、医療提供体制への営利企業参入の道を開こうとしています。

(2)日本国憲法は、第25条で「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と規定しています。まさに、国民への医療保障は、国の責任であり義務なのです。
 今日の「医療改革」が、国民皆保険制度を形骸化させ、営利追求で医療の倫理と平等性を失わせるものであり、医療の公共性を否定し、憲法に反する国の医療保障責任の放棄に他ならないことは明白です。
 医療の充実を求める要求は、どの世論調査においても高い割合を示し、国民の医療に対する不満と同時に期待の高さを表しています。国民が、安心して医療を受けられる保険制度と医療提供体制を確立することが強く求められています。

1.公的医療機関の役割

(1)国民の期待に応えて、国民が安心してかかれる医療提供体制をつくることが求められています。しかし、「医療改革」の一環として、公的医療機関への「公的資金の投入をやめ」て、公的医療機関を「民営化・統廃合することが必要」との議論が一部で進められていることは重大です。
 公的医療機関については、医療法第31条で、「『公的医療機関』とは、都道府県、市町村その他厚生大臣の定める者の開設する病院又は診療所をいう。」と定め、「厚生大臣の定める者」については厚生省告示で、日本赤十字社、社会福祉法人恩賜財団済生会、厚生農業協同組合連合会、社会福祉法人北海道社会事業協会、などとしています。
 そして旧厚生省医務局は、公的医療機関の使命について、@医療のみならず保健、予防、医療関係者の養成、へき地における医療等一般の医療機関に常に期待することのできない業務を積極的に行い、これらを一体的に運営することが期待できること、A適正な医療の実行が期待され得るとともに医療費負担の軽減を期待し得ること、Bその経営が経済的変動によって直接に左右されないような財政的基盤を有すること、C医療保障制度と緊密に連携協力し得ること、であるとしています。
 こうした条件に合致する公的な医療機関は、自治体・日赤・済生会・厚生連・北社協の他、国(国立、国立大学、労災、逓信、自衛隊等)・社会保険・厚生年金・共済組合の病院などです。

(2)また、医療法第33条で、「国庫は医療の普及をはかるため特に必要があると認めるときは、都道府県、市町村その他厚生大臣の定める者に対し、その開設する公的医療機関について、予算の定める範囲内においてその設置に要する費用の一部を補助することができる」と、国庫補助について定めています。
 公的医療機関が、民間医療機関では行なうことが困難な不採算などの医療を行う使命を担っているからこそ、財政措置として、国庫補助の他、地方自治体や保険財政などから公的資金が投入されているのです。そうした財政措置がなければ、使命を果たすことはできなくなってしまいます。

(3)日本の医療提供体制は、ヨーロッパが公的医療機関中心、アメリカが私的医療機関中心であるのと違い、公的医療機関と民間医療機関がお互いに協力・補完しあって国民の医療を守って、成り立ってきました。
 公的医療機関は、救急救命・へき地・災害医療などの不採算医療、先進的・高度医療、医師の臨床研修等の教育機能などの使命を担っています。病院医療に占める大学と公的病院の割合は全体の約半分を占めており、なかでも地域における基幹的な医療は公的医療機関が担っています。このように公的医療機関は、国民が必要とする医療の提供に大きな役割を果たしています。
 営利企業の参入に道を開くために、公的医療機関への公的資金投入をやめ、民営化・統廃合することは、公的医療機関が担ってきた国民医療に果たしている役割を否定し、国民の医療を保障する提供体制を崩壊させ、大きく後退させることになります。

(4)しかし同時に、公的医療機関自身が、国民が求め、期待している医療機関としての不十分さ、問題点をもっていることも事実です。
 診療報酬が医療労働者の人件費をカバーするものとなっておらず、さらに引き下げられているなかで、公的医療機関も「採算主義」に陥り、「医は算術」となってきている実態があります。
 公的医療機関の現場では、病院ごとの「独立採算」によって、「なりふり構わぬ」増収・支出削減策が採られてきています。医師に「診療科別診療実績」で増収を促し、患者が必要としている不採算診療科を切り捨てています。人件費削減のための人減らし「合理化」がすすめられ、医療事務や給食、検査部門などの「派遣・委託化」、最も人手を要する看護部門の人員を削減するために長時間二交替制勤務を強いたり、人手不足で時間外労働が増えているのに時間外手当を払わず「サービス残業」を強要しています。
 公的医療機関が、目先の収入のみにとらわれて「採算主義」を続けるなら、地域の要望に応えて、患者の安全を確保して質の高い医療を提供するという、公的医療機関の役割を果たせなくなってしまいます。
 それは、「医療改革」の医療費抑制・医療機関淘汰の攻撃によって、公的医療機関の経営者が、国民・患者に目が向かなくなっていることに原因があります。そのうえさらに「公的資金の投入をやめる」なら、こうした傾向に一層拍車がかかり、公的医療機関の存在意義はなくなってしまいます。

2.医療の後退につながる公的医療機関「見直し」論

(1)公的医療機関の現状をみてみると、国立病院は、統廃合・移譲の計画推進だけでなく、国からの病院の一般会計の補てんも設備投資資金もかなり縮小され、一部の基幹病院を除き、企業会計原則となる独立行政法人化が提案されています。国立大学病院も、企業会計原則となる独立行政法人化(非公務員型)が提案されています。国立病院も国立大学病院も、公務員の定員削減計画が貫徹されており、医療水準の確保や医学の進歩の観点からみると極めて問題です。
 社会保険病院、労災病院、国家公務員共済組合病院は、国からの病院の一般会計に対する補助はありませんが、公的資金から一定の設備投資資金が投入されてきました。しかし、それが廃止されることが決定され、民営化・統廃合の対象とされています。労災病院を運営している労働福祉事業団は独立行政法人への移行が決定されています。
 自治体病院は、自治体財政逼迫のなかで統廃合や予算削減が進行しています。
公的な医療機関のなかで、国から直接公的資金が投入されていない日赤病院や厚生連病院、済生会病院、公立学校共済組合病院は、今のところ経営問題以外の再編・縮小の動きはありませんが、公的医療機関「見直し」の影響がでてくると思われます。

(2)政府は、特殊法人等改革のなかで、「中長期的な財政支出の縮減・効率化や財政投融資改革からも抜本的な見直しが求められている」として、国の補助金の整理合理化、財政投融資の見直しを行うとしています。医療改革では、「政府は、競合する民間病院と比べて不公平だとの指摘にこたえ」て、社会保険病院や労災病院の施設整備費、国家公務員共済組合連合会病院の補助金を「段階的に廃止」する方針を固めたとされています。
 さらに、自民党の「公的病院のあり方に関する小委員会」では、公的資金が投入されている公的病院について、「機能と役割の明確化」を図るとして、公的病院の設立地域や人口規模ごとに公的病院と民間病院がどの程度あるかを把握し、「民間病院と同程度の医療機能しか有していない公的病院が存在するのであれば、民営化や統廃合を含めて一定の方向性を示」すとして、議論が進められています。

(3)また、自民党の「公的病院のあり方に関する小委員会」では、「高コスト体質の原因となっている給与体系にメスを入れる考え」が示されたと報道されています。
しかし、厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」(賃金センサス)で試算しても、医療労働者の給与水準は、他産業労働者に比べて2万円以上も低いのが実態です。しかも、医療労働者の多くが国家資格を持つ専門職であることを考えると、同じく人間を対象とした専門職である教育労働者に比べて数万円もの格差が生じていることは、大きな問題です。
 このように、医療労働者の給与水準については、公的医療機関の給与水準が高いのではなく、民間医療機関の給与水準が低すぎるということなのです。その原因は、診療報酬で医療労働者の労働評価が不明確で人件費をカバーするものとなっていないことにあります。日本医労連は、「医療労働に対する診療報酬上の評価を引き上げること」を厚生労働省に要求しています。

(4)公的医療機関「見直し」の狙いは、「21世紀の我が国経済社会を自立的な個人を基礎とした、より自由かつ公正なものとするため、これまでの国・地方を通ずる行政の組織・制度の在り方、行政と国民との関係等を抜本的に見直す」(2000年12月・行政改革大綱)、つまり、行政は国民生活に関わる部門から手を引く=国の国民生活に関連する支出を削減することであり、「医療機関相互の競争を促す」競争原理の導入と規制緩和によって、営利企業の参入に道を開くことにあります。そのために、国立や自治体の統廃合に続いて、政府が関与している公的医療機関を「整理合理化」するというものです。
 このように、今回の公的医療機関の「見直し」が、アメリカや日本の財界の強い要求による「21世紀戦略」によって進められようとしていることは明らかです。それはまさに、医療の公共性を否定して、国の医療責任を放棄するもので、公的医療機関の果たしてきた役割を根底から否定するものです。

3.国民の求める医療提供体制を確立するために、公的医療機関の充実・ 発展を

(1)公的医療機関は、それぞれの政策的役割や設立の意味を持ち、それぞれの役割に応じた措置がとられてきました。公的資金の投入を廃止し、民営化・統廃合するという「見直し」では、公的医療機関としての役割・機能が発揮できなくなってしまいます。
 医療は、「いつでも、どこでも、だれでもが適正な医療の提供を受けられること」が基本です。これまでどおり、民間医療機関と公的医療機関が、お互いに協力・補完しあって国民の医療要求に応える医療提供体制を確立することが求められています。

(2)公的医療機関が国民の要求・期待に応えていくためには、抱えている不十分さや問題点を克服し、以下のことをやり遂げることが求められています。
 1. 地域の医療要求や病院に対する要望を積極的に聞き、それに応える医療・診療体  制を確立すること
 2. 救急救命医療・へき地医療・災害医療や不採算診療科など、営利を追求しない医  療を担うこと
 3. 患者の人権保障、インフォームドコンセントの徹底、安全な医療の提供など、国  民が求める規範的な病院となること
 4. 地域の民間病院・診療所の後方病院として、紹介患者の受け入れ、逆紹介などの  病診連携をしっかりとること
 5. 健康増進・予防・健診活動から治療後のリハビリテーション・社会復帰へと連続  するサービス提供のため、保健所・民間医療機関・福祉施設等とのネットワーク、  関係団体・自治体との連携を図ること
 6. 先進的医療・高度医療・特殊医療など、公的医療機関だからこそできる医療を担  い、民間医療機関との連携を図ること
 7. 医師の臨床研修・医療技術者の養成など教育機能を果たすこと
 8. 全体の医療水準を引き上げるモデルとなること
 私たちは、こうした役割を果たせる病院とするために、積極的に政策提言を行い、公的医療機関を充実・発展させる運動をすすめていきます。

(3)また、国が、国民の医療保障に責任を持って、医療提供体制を確立するために、次のことを要求します。
 1. 国の財政のあり方を改め、医療保障予算(国庫負担)を増額すること
 2. 医療労働者の専門性と労働を正当に評価し、安全でゆきとどいた医療・看護を保  障する診療報酬とすること
 3. 公的医療機関が、不採算医療などその役割を果たせるように、設備投資資金など  に公的資金を投入すること
 4. 医療水準を引き上げるために、民間医療機関の税金を免除し、地域における役割  に応じて公的資金からの補助を行うこと

4.私たちの運動について

 公的医療機関を守り、充実・発展させることが緊急・重要な課題となっています。私たちは、公的医療機関に働く者として、公的医療機関の役割と「見直し」の危険性を広く国民に訴え、国民とともに安全・安心の医療提供体制を確立するために、全力で奮闘していきます。
 (1) 私たち自身が、公的医療機関の役割について再確認し、公的医療機関を充実・発  展させる運動を確信をもってすすめる
 (2) 公的医療機関が規範的な医療を提供するために、積極的に政策提言を行い、増員  ・医療改善の運動をすすめていく
 (3) 県医労連と連携して、医労連の全加盟組織と地域の労働組合や各種団体に運動の  意義を訴え、協力を求める
 (4) 公的医療機関の役割を国民にわかりやすく宣伝し、世論の理解と共感・支持を得  る運動をすすめる
 (5) 自治体、地方議会議員や国会議員に訴え、議会で公的医療機関の必要性を確認し、  充実・発展させる決議等をあげる運動をすすめる
 (6) あらゆるメディアに宣伝していく