看護職による静脈注射の解禁について


                           2002年10月23日
                           日本医療労働組合連合会

 厚生労働省の「新たな看護のあり方検討会」は、本年5月31日から9月6日までの論議を経て、「中間まとめ」を公表しました。それによると、「医師の指示に基づく看護師等による静脈注射の実施は、診療の補助行為の範疇として取り扱われるべき」として、従来は看護職の業務外とされていた静脈注射を解禁する方針が示されました。この中間まとめを受けて、厚生労働省は9月30日、都道府県に通知を出し、看護職の静脈注射を解禁するとともに、医療機関や養成所に対して研修や教育の見直しなどを要請しました。
 看護職による静脈注射は、1951年の厚生省医務局長通知(医収517)において、「薬剤の血管注入により身体への影響が甚大、技術的に困難である」との理由で、看護職の業務範囲を超えているとの行政解釈が示され、現在に至っていました。しかし、看護教育水準の向上、医療用器材の進歩、医療現場の実態との乖離(病院の90%、訪問看護ステーションの60%で静脈注射実施/厚生労働科学研究)など、状況が大きく変化したとして、「診療の補助行為の範疇」に解釈変更したのです。
 しかし、この決定は下記のような理由から、拙速な決定と言わざるを得ず、慎重な検討と取り扱いを求めるものです。

 まず第1に、薬剤にからむ医療事故が多発しているという現状の下で、患者の安全確保について十分に検討し、対策を講じた上で解禁したのかという問題です。
 薬剤は、50年前と比較にならないほど、身体への影響が大きいものが増えています。日進月歩の膨大な医薬品や注射技術の下で、医療事故防止のためにも卒後教育や研修を充実させることが緊急課題となっています。また、看護基礎教育においても、薬学や安全に関する教育の貧弱さなどが指摘されています。「中間まとめ」でも、「安全性が損なわれることのないようにすべき」として、手厚い人員配置や実施できる看護師等の条件設定、ガイドライン等の必要性が指摘されています。
 ところが、「中間まとめ」は、「まず行政解釈を改めることが必要」と結論づけています。厚生労働省も、まだ中間まとめの段階でありながら、解禁の通知を出し、しかも研修等の実施は医療機関に要請するに止めたのです。こうした経緯を見れば、解禁が先行実施され、安全対策は今後に先送りされたと言わざるを得ません。
 検討会は今後も議論を継続するわけですが、国が国民のいのちに責任を持ち、安全を確保するという観点から言えば、基礎・卒後ともに教育、研修の体制を整備することが必要ではないでしょうか。その上で、静脈注射解禁の是非に関しては、改めて慎重に検討すべきだと考えます。

 第2に、在宅に関して検討会は、静脈注射に止まらず、医師の事前の「包括的指示」によって、麻薬量等の判断も看護職に認める方向ですが、在宅の場合には医師は近くにいないのであり、本来は特に慎重な検討が必要ではないかという問題です。
 重症患者や終末期、医療の必要度の高い患者が、ますます在宅医療や訪問看護の対象になってきています。それに伴って、在宅看護はいっそう複雑化、拡大しているのであり、高度に訓練された専門職の配置、医療・看護の充実が必要なはずです。しかし、国の不十分な施策の下で、在宅看護は貧困な実態に置かれています。
 国の予算を拡充して、人員配置や教育・研修など、在宅の医療、看護全体の大幅な充実を図ることが、まず求められています。その上で、看護業務の範囲や包括的指示の可否・範囲は慎重に検討されるべきです。しかし、今回の決定は、在宅への対応を理由に、はじめに解禁ありきですすめられたのではないかと言わざるを得ません。

 第3に、「静脈注射すら解禁されたのだから」という理由で、看護業務の範囲が次々拡大され、今でさえ大変な業務がいっそう過密になって、患者の安全が脅かされるのではないかという問題です。
 現場の看護職からは、「これ以上、業務を増やされてはたまらない」などという声があがっています。入院日数短縮や人員抑制の下で、看護の現場は限界を超えた過密労働となっています。厚生労働大臣も「余りにも忙しすぎる」と認めざるを得ない状況です。同時に、「90%の病院で静脈注射がおこなわれている」背景には、看護職だけでなく、医師等も大幅に不足している問題があります。長時間過密労働で、研修医や看護職の健康破壊や過労死が相次いでいることが、その何よりの証左です。
 諸外国に比べて、極端に少ない医師や看護職など医療従事者の配置人員の改善抜きに、看護業務を拡大することは、大きな問題をはらむものです。

 すでに現場では、経営者等から「いつから静脈注射をやってくれるの」という話が持ち出されたり、静脈注射解禁に向けた調査・検討が始まったりしています。しかし、薬剤にからむ医療事故の多発や過密な看護労働の実態等を考えるなら、各医療機関において、安易な導入は慎むべきです。
 厚生労働省通知も解禁と言いながら、「身体への影響が大きいことに変わりはないため」、研修の実施などとともに、施設内基準や看護手順の作成・見直し、個々の能力を踏まえた適切な業務分担をおこなうよう、要請せざるを得なかったのです。
 各医療機関においては、患者の安全といのちを最優先にするという観点から、慎重な十分な検討と研修や体制整備が前提条件とされるべきです。