【提言】

社会的役割にふさわしい賃金めざして
2003年4月
日本医労連中央執行委員会


はじめに

 医療・福祉労働者は、人のいのちと健康に直接たずさわる専門職労働者です。現場は目の回るような忙しさで、いのちと安全を守るために大変な奮闘が求められています。しかし、その賃金は低く、他産業労働者と比べても数万円低くなっています。「2001年賃金構造基本統計調査(賃金センサス)」によれば、医師除く医療業の所定内賃金月額は約27万2千3百円であり、他産業より3万4千2百円も低い実態です(勤続年数と年齢を他産業並に換算しても2万5千5百円の格差)。
 そして今、政府・財界による医療・社会保障の抜本改悪が進行する下で、経営者による賃下げ・賃金抑制攻撃が加速されています。日本医労連組合員の2002年推計平均年収(所定内)は約420万円であり、4年連続の低下、前年比で約9万3千円のマイナスです。
 賃金は、私たちの仕事に対する評価でもあります。賃下げが進行しているということは、私たちの生活が脅かされているだけでなく、患者・国民の受ける医療・看護・介護に重大な問題を与えかねない問題です。
 自らの生活を守ると同時に、安全でゆきとどいた医療・福祉を実現するために、いのちを守る医療・福祉労働者の「社会的役割にふさわしい賃金」を実現することが、いま切実に求められています。
 賃金・労働条件委員会でまとめた本提言を一つの問題提起として、産別全体での討議と合意づくりをすすめるために、積極的な討論を呼びかけるものです。

T 今日の医療・福祉労働と劣悪な賃金実態

1、超過密労働に苦しむ医療・福祉労働者
 増員が厳しく抑制されている一方で、入院日数の短縮や医療の高度化・複雑化がすすみ、医療・福祉労働者は過酷な労働を強いられています。交替制勤務にもかかわらず、毎日数時間の残業が常態化しており、不払い時間外労働や会議・研修のための休日出勤など、労基法違反も後を絶たない状況です。いのちを守る職場にも関わらず、母性保護の軽視や腰痛などの職業病、健康破壊が進行しています。「医療事故を起こしてはならない」という大きなプレッシャーの下で、忙しさに拍車がかかっています。「2001年春闘アンケート」でも、「とても疲れる」は、全労連全体36.9%に対して、日本医労連は46.4%にもなっており、職場の深刻さを裏づけています。
 医療・福祉に本来的なやりがいを感じながらも、仕事に追われ、日々の満足が得られない状況です。いま、多くの医療・福祉労働者が、「忙しさで、本来の医療・福祉ができていない」と悩んでいます。バーンアウトや過労死も続いています。
 諸外国に比べ圧倒的に少ない人員体制の下で、医療・福祉労働者の献身的な奮闘によって、日本の医療・福祉は何とか支えられているのです。
2、医療・福祉労働者の劣悪な賃金
 医療・福祉労働者の賃金は、不当に低く抑えられています。日本医労連の「2003年春闘働くみんなの要求アンケート」でも、生活実感で「苦しい」という回答が3分の2を占めています。
 前出のように、賃金センサスによれば、医療業(医師除く)と他産業の所定内賃金月額の格差は、約3万4千円もあります。しかも、他産業との賃金格差は、90年代に縮小傾向でしたが、2001年には再び大きく拡大しました。福祉労働者に至っては、さらに低賃金構造です。賃金センサスの「社会保険、社会福祉」は、医療業(医師除く)より2万6千円も低くなっています。
 賃金センサスによって、同じ専門職労働者である高校教員・女と看護師・女(賃金センサスの区分が男女別になっているため、その区分をそのまま使った)を比較すると、所定内賃金月額の格差は、30代前半で4万8千1百円、40代前半9万6千5百円、50代前半17万3千5百円という膨大な格差となります。准看護師や介護福祉士、技能・労務職は、いっそう低い賃金水準に置かれています。
 しかも今、診療報酬・介護報酬マイナス改定という新たな局面を迎え、医療・福祉労働者に対する賃下げ攻撃が強められています。
3、なぜ、医療・福祉労働者の賃金は低いのか
 医療・福祉労働者の低賃金構造は、歴史的に形づくられてきたものです。
 戦前の日本の医療は、非常に低い水準にありました。看護師などの養成も民間からはじまりました。戦後も、結婚や妊娠制限などを打ち破るたたかいなどが展開されましたが、前近代的な体質は今も強く残っています。
 医療労働者の賃金が低いのは、こうした歴史的経緯の下で、いのちを守る医療労働者の位置づけが不当に低く抑えられてきたためです。この間、医療は大きく発展・高度化し、医療労働者の労働も専門性が顕著に高まっており、責任も問われています。しかし、医療労働者の賃金は低い水準に置かれたままであり、医療の高度化、医療労働者の役割の高まりに全く見合わない評価となっています。福祉労働者は、さらに低い評価に置かれています。
 医療・福祉労働者は女性が多い中で、日本の男女差別賃金の影響が大きい点も指摘しておかねばなりません。
 また、国の低医療費政策、社会保障抑制路線も、医療・福祉労働者の賃金を低く抑える要因となっています。医療職T表を除く人勧の医療・福祉職俸給表が低くなっていることに見られるように、国の低医療費政策が、医療・福祉労移動者に低賃金構造を押し付け、そのことが医療・福祉の水準にも大きな影響を与えかねない状況となっています。したがって、このたたかいは、日本の貧困な医療・社会保障政策を国民本位に転換・充実させるたたかいでもあります。

U 社会的役割にふさわしい賃金とは

1、いのち守る専門職にふさわしい賃金に
 戦後の医療は急速に進歩、高度化してきました。様々な専門職が生まれ、それぞれの役割も高まっています。安全な医療を実現していくためには、一人一人の医療・福祉労働者が、その役割・職務にふさわしい位置づけをされ、民主的なチーム医療を確立していくことが求められています。同時に、インフォームド・コンセントを確立し、患者の納得とチーム医療への参加を保障することが必要です。
 「社会的役割にふさわしい賃金」とは、国民的な課題として、いのちを守る医療・福祉労働者にふさわしい賃金を実現するということです。また、心身と生活への負担の大きい夜勤・交替制勤務に従事し、過酷な労働実態の中で奮闘する医療・福祉労働者のがんばりに応える賃金に改善することでもあります。
 それは、医療・福祉労働者の生活を守るということに止まらず、国民の求める安全でゆきとどいた医療を実現する課題でもあります。
2、ILO看護職員条約と看護職員確保法
 いのち守る専門職にふさわしい賃金への改善は、社会的にも合意されていることです。
 ILO看護職員条約・勧告では、「社会的及び経済的必要、資格、責任、任務及び経験に相応する、また看護職員の固有の拘束及び危険を考慮に入れ、看護職員をその職業にひきつけ、かつ留めておくような水準に決定されるべき」とされ、「他の同様または、同等の資格と責任を負う職業の水準と、同程度であるべき」と規定されています。また、制定の議論の中で、看護職と同等の資格と責任を負う職業としては、義務教育教員が共通の認識となっていました。
 日本でも、1992年に制定された看護職員確保法・基本指針において、「業務内容、勤務状況等を考慮した適切な賃金水準」とすることが明記されました。
 今日、医療・福祉は驚くほど高度化・複雑化してきました。安全な医療への国民的な要求も高まっています。基礎教育も、大きなレベルアップがはかられました。そうした点も考慮すれば、いっそう高い賃金水準とすることが必要です。
3、「社会的役割にふさわしい賃金」の具体的指標
 ILO看護職員条約・勧告が論議・制定された当時とは比較にならないほど、医療は高度化しています。いのちを守る専門職として、いっそうの責務が課せられています。看護大学の急速な進展など、基礎教育も水準が高まっています。こうした現状にふさわしい賃金水準を実現するために、医療労働者の半数近くを占める看護職員の賃金改善を基本にすえ、医療労働者全体の賃金水準の引き上げをはかります。福祉労働者については、医療労働者との均衡をはかって、抜本的な改善を迫っていきます。
 具体的には、看護師と「同等の資格と責任を負う職業の水準」として、「高校教員を指標に設定」することとします。高校教員としたのは、基礎教育の水準としては、まだ高校教員が高いとは言え、いのちを守る専門職としていっそうの専門性と緊張が強いられていることとともに、特に今日の医療事故問題や過密労働の実態を考えた時、短大卒でも取得できる義務教育教官より一段上の水準として設定される必要があるからです。
 急ぐべき中期目標して、高校教員の水準に看護師の賃金を引き上げ、医療・福祉労働者全体の賃金水準の改善をはかります。この課題を達成するためにも、准看護師制度の廃止は緊急課題です。同時に、体系表の一本化など、現在の准看護師の不当に低い賃金水準の抜本的な改善をすすめます。

V 社会的役割にふさわしい賃金への具体的接近

1、国に向けた制度・政策闘争の強化
(1)社会的合意形成の推進
 社会的役割にふさわしい賃金への改善は、社会的な合意形成を大きくすすめてこそ、その抜本的な前進をはかることができます。いのちを守る専門職にふさわしい評価と賃金を求めて、世論喚起の運動を徹底して強化していくことが必要です。
 構造改革路線の下で、不況・失業者の増大という状況がますます深刻化しています。医療・社会保障充実、不況克服へ、国民的なたたかいの一翼として、賃金闘争を社会的なたたかいへといっそう強化していくことが求められています。
(2)診療報酬・介護報酬の抜本改善と安全コストの保障を迫る
 医療機関・福祉施設の収入の大半を規定する診療報酬や介護報酬、支援費の抜本改善求めるたたかいを、徹底して強化することが必要です。
 すでに、日本医労連として「提言・医療労働に対する診療報酬上の評価について」(2001年9月、政策委員会)などで明らかにしているように、医療・福祉労働に対する正当な評価・点数化を実現することが必要です。安全のコストが見積もられるどころか、減算措置にされている点についても、安全のための人員増とセットで改善する必要があります。
 政府が診療報酬の抜本改悪をすすめようとしている下で、私たちの要求、医療・福祉労働者への評価を求めるとりくみを強化することが必要です。
(3)人勧医療・福祉職俸給表の抜本改善を迫る
 医療・福祉労働者の賃金は、他産業以上に人事院勧告制度の影響を受けていますが、行政職や教育職と比べて低い昇給幅に抑えられています。しかも、職務職階制度の下で、昇格も制限され、不当に低い水準となっています。
 人勧に向けたたたかいを、医療産別の賃金闘争の中心課題の一つに押し上げ、運動を強化します。医療・福祉職俸給表の抜本改善を迫り、教育職俸給表水準への見直しを求めていきます。同時に、医療職U・V表の一本化・改善、准看護師の格付け・昇格改善と看護師との体系一本化などを求めていきます。
(4)看護師・介護福祉士はじめ、賃金水準の社会的底上げをはかる
 社会的な賃金水準の引き上げを実現するためには、最賃闘争を強化するとともに、広範な未組織労働者を視野に入れて、底上げの運動を抜本的に強化することが必要です。
 条件のある県・地域で、看護師最賃実現のとりくみを積極的にすすめるとともに、医療・福祉労働者の賃金水準を引き上げる全国的な最賃闘争、最低規制求めるたたかいを具体化していきます。その中心的職種としては、看護師と介護福祉士を位置づけて、運動を発展させます。
2、職場における闘争の強化方向
(1)医療・福祉労働者の奮闘に応える積極回答を迫る
 安全でゆきとどいた医療・福祉を実現し、労働者の生活を守り職場の活力を生み出すために、積極的な賃金回答を求めていきます。
 診療報酬や介護報酬論議の場でも、経営側代表は「賃金切り下げで何とか対応している」と、苦しい弁明をおこなっています。賃下げ・「合理化」で、医療改悪を乗り切ろうという悪循環を断ち切ることを徹底して迫るとともに、医療・福祉労働者の奮闘に積極的に応える回答を出させます。
 賃下げ、改悪攻撃に対しては、産別全体での闘争体制を強化し、産別ぐるみで撤回をせまるたたかいを展開します。改悪回答への対応は単組独自判断をせず、産別判断での対応を基本とします。そのため、妥結のあり方や基準などについても検討をすすめます。
(2)生活に根ざした切実な要求を基礎に
 社会的役割にふさわしい賃金への接近をはかるためにも、組合員の生活に根ざした切実な大幅賃上げ要求を積極的に掲げてたたかうことが必要です。
 徹底した職場討議、要求論議をおこない、あらためて私たちの労働を見つめ直し、その社会的役割にふさわしい賃金水準を実現することが必要なこと、医療・福祉労働者の生活改善はかる積極的な賃上げが医療・福祉向上にとっても大切だということを意思統一し、社会的役割にふさわしい賃金と、生活に根ざした切実な大幅賃上げ要求を結合してたたかいます。
 ポイント賃金、企業内最賃闘争を全単組・支部でいっそう強く位置づけ、全国的な水準、産別ポイント賃金要求への到達を明確にして、大幅賃上げ要求を確立します。
 日本医労連のポイント賃金要求については、看護師、高卒事務に加え、ヘルパーでの設定を検討するとともに、その金額については、社会的役割にふさわしい賃金への接近をはかるという観点から、全体の討議によって位置づけ等を見直し・明確化します。
以上

☆ この提言は、賃金・労働条件委員会における論議・成文化を受けて、中央執行委員会の確認文書として出したものです。